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「少年Mと六大学」第3回。~中学時代・1~

それがどんな動機でも、明確な目標を持つと人間は頑張れるものだ。小学校6年の4月の段階で55前後だったMの偏差値は、「グレーのユニホームを着て野球をする為に慶応に入る」という強い意志に支えられた猛勉強で、年明けの1月には70近くまで伸びていた。そして約15倍という倍率を突破し、慶応義塾普通部に合格したのであった。

4月、Mは何の迷いも無く野球部に入部した。夢にまで見た憧れのユニホームを着て、いよいよこれから自分の野球人生が始まる…。高まる胸の鼓動と、希望に満ちた未来が、この時点ではMの目の前に広がっていた。しかしその僅か3週間後、Mは後ろからトンカチで頭をひっぱたかれたようなすさまじい衝撃を受けることになる。

その日、Mは春の横浜市大会ブロック予選の会場にいた。新入生はまだ仮入部扱いで試合への出席の義務は無かったのだが、どうしてもグレーのユニホーム姿で戦う先輩たちの姿を見たかったのだ。

徐々に試合開始時間が近づき、着替え始めた先輩たちの姿を見た瞬間、Mの目は点になった。ユニホームが、ユニホームの色が違う…。当時の普通部のユニホームは、大学のユニホームとは似ても似つかない、袖とパンツの脇に太い紺色のラインが入った、アイボリー色のユニホームだったのだ。

Mはあまりのショックで言葉を失った。グレーのユニホームを着るために頑張って慶応に入ったのに…。いったい何の為に受験勉強を頑張ってきたのか…。その日の試合のことはまったく覚えていない。そのかわりに、それまでしてきたことをすべてを否定されたような絶望感と虚しさを感じたことだけは今でもはっきりと覚えている。

ちなみに現在、普通部は大学と同じグレーのユニホームを着用している。塾のすべての学校、幼稚舎~大学まですべて同じユニホームとなっている。

そんなユニホームショック事件の傷がどうにかこうにか癒え始めた5月末、Mは全塾生が応援に参加する一大イベント、春の早慶戦(慶応は慶早戦という。)に初めて参加することになる。昭和57年のことである。     (第4回につづく)

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