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早慶戦名勝負 ①

いよいよ東京六大学野球春季リーグ戦のクライマックス、早慶戦が6月2日、3日に行われます。伝統の一戦ということで、これまで数々の名勝負が繰り広げられてきました。これから何回かに分けて、その名勝負の軌跡を振り返ってみたいと思います。

東京六大学リーグにおける早慶戦の通算成績は、早稲田196勝・慶応163勝・10引き分けで計369試合行われています。369試合全てを振り返るわけには行きませんので、私が直接観戦した早慶戦の中から独断と偏見によって取り上げてみたいと思います。昭和35年秋の早慶6連戦などについては別の機会にしたいと思いますので、ご容赦ください。

まず第1回目に取り上げるのは、昭和60年秋の早慶2回戦です。

慶応は、鈴木哲・志村亮の2本柱と、仲沢伸一・相場勤の強打の2枚看板の活躍により、明治戦で既に26シーズンぶりの優勝を決めていた。しかしこの早慶戦は、慶応の57年ぶりの全勝優勝がかかっており、選手のモチベーションは優勝決定後も更にヒートアップしていた。そして迎えた早慶第1戦は志村亮が先発、おまけにリーグ戦史上初となる投手の満塁HRを放つなど投打の活躍を見せ早稲田を圧倒し、全勝優勝に王手をかけた。

第2戦は2本柱の一人鈴木哲が先発した。神宮は観衆が4万人を越え、早慶戦プラス全勝優勝がかかる一戦ということで、一種独特の異様な雰囲気に包まれていた。この雰囲気に呑まれたのか、いつもはひょうひょうと投げる鈴木哲も今一つ自分のピッチングができなかった。毎回のようにランナーを背負っていたが、早稲田の拙攻に助けられなんとか1失点で凌いでいた。慶応自慢の攻撃陣も、この早稲田先発の下山を打ち崩せない。試合は1-0で早稲田リードのまま7回に突入した。

7回表、慶応先頭の相場が左前安打を放つと、仲沢が中前に連続安打で続き1・3塁のチャンスをつかむ。仲沢2盗後、芳賀が中前にタイムリーを打ち相場・仲沢が相次いでホームイン。ついに早稲田を逆転する。

しかしその裏、逆転したことにより一層のプレッシャーがのしかかった鈴木哲を、早稲田が一死満塁と攻め立て、全勝優勝阻止にむけて必死の抵抗を試みていた。この絶体絶命の大ピンチに、慶応・前田監督は、エース志村をマウンドにおくる。緊急登板となった志村だが、このピンチにも動じることなくひょうひょうと後続を打ち取り、早稲田に得点を許さなかった。

この7回の攻防で、全勝優勝の呪縛が解けたのか、慶応は9回には相場がレフトスタンドへ弾丸ライナーのHRを打ち込み、勝負あり。最後は志村が早稲田打線をぴしゃりと抑え、3-1で早慶2回戦をモノにした。と同時に慶応26季ぶりの優勝を、完全・全勝優勝で飾ることになり、三色旗をモチーフにしたストッキングに昭和3年以来の2本目の白線がいれられることとなった。

優勝が決まっていようがなかろうが、その季不調だろうがなかろうが、そんなことは一切関係ないのが「早慶戦」。「他に負けても早稲田(慶応)だけには絶対に負けるな!」という意地と意地のぶつかり合いが、数々の名勝負を生む要因なのでしょう。

次回の早慶戦名勝負②は、平成4年秋の早慶1回戦の予定です。

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コメント

1985(昭和60)年の東京6大学野球春・秋季リーグ戦での慶應義塾大学野球部の活躍は、当時慶應受験生だった私でも忘れられない出来事でした。元々、野球少年だった私は、春のシーズンでの法政のエース・西川佳明と慶應・鈴木哲の投げ合いをラジオで聞いて、慶應野球部のリーグ優勝の可能性を感じ取った程で、その春のシーズンは不本意な結果でしたが、秋のシーズンの13年ぶりのリーグ優勝、57年ぶりの無敗完全Vは、東京6大学野球の歴史に永くその名を刻む程の快挙でした。投手も鈴木哲、志村の2枚看板。打者は、相場・仲沢・奈良のクリーンアップトリオ。
脇役も捕手の石井章夫選手、芳賀選手。それと2浪以上して難関・慶應に進学した浪人経験のある選手が活躍するという当時の慶應大学野球部の快挙は野球ファンをさわやかにさせてくれるスポーツニュースでした。

投稿: とも | 2009年10月 3日 20時51分

ともさん、コメントありがとうございます。
そして、お返事遅くなりまして申し訳ありません(自宅のPCが壊れており、土曜夜~月曜朝までブログを見ることができないもので…)。

さて、志村さん・鈴木哲さんの2枚看板、現塾監督の相場さん・仲沢さんらを擁した85年秋の塾野球部の活躍には、当時塾高1年だった私も強烈な記憶が残っています。
決して野球エリート集団でない面々が、不可能を可能にした瞬間に塾生として神宮で立ち会えたことは、今でも自慢の一つです。

3本目の白線はいつ入るのか、楽しみにしながらこれからも塾野球部を応援していきたいと思います。

また何かありましたらコメントいただけると嬉しいです。

投稿: すーさん | 2009年10月 5日 08時05分

初めまして、コメントさせて頂きます。

僕は86年、87年に神宮球場へ慶応義塾をよく応援に行っていました。
お目当ては鈴木哲投手でした。
当時、僕は神奈川県の高校2・3年でした。
鈴木哲投手に憧れながら大学受験に勤しんでいました。
結果、慶応義塾に入学することは叶いませんでしたが・・・・・。

鈴木・志村の2本柱は頼もしかったですね。

86年秋・87年春の慶応義塾大学野球部は僕の青春の1ページでもあります。

投稿: アンダーソン | 2013年2月21日 22時37分

アンダーソンさん、コメントありがとうございます。
お返事遅くなってしまって申し訳ありません。

私も塾高時代でしたが、鈴木・志村の2枚看板を擁する塾野球部には心躍り、神宮に何度も何度も足を運びました。

やはり早慶が強くないと、大学野球は盛り上がりません。今年の早慶戦も優勝が懸かった大一番となるよう心から願っております。

また何かございましたらコメントいただけると嬉しいです。

投稿: すーさん | 2013年2月26日 07時47分

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受信: 2007年6月 5日 19時30分

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