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2008年1月

縦縞だけでいいじゃないか。

ハンドボール男女とも今回は残念でした。でも見終わって清清しさを感じたのは、初めてフェアなジャッジの元で開催された試合だったからでしょうか?

ということで、本題。

見ました、マリーンズの新ユニホーム。何と言ったらいいのか…。

少なくとも私は絶対に着たくないと思いました。野球少年たちはあのユニホームに憧れを抱き、いつかは絶対着てみたいと思うのでしょうかね?

ホームのセカンドユニホームはについては、語る気力も起きません。よくチームが強いと着ているユニホームも格好良く見えるといいますが、あれはいただけません。特にあの色使いはただ派手なだけで見た瞬間、拒否反応が…。そもそもセカンドユニホームって必要あるのかなとも…。

ビジターにも大いに不満があります。そもそもマリーンズの「黒」は、強さを表す象徴の色ということで採用された色のはずですよね。それをグラデーションにしてぼかしてしまったら、「強さ」がぼやけてしまうわけで、チームカラーというかチームのアイデンティティーに反してしまうのではないかな?という疑問が生じました。球団マークが透けて見えるのだって、お札のすかしじゃあるまいし、あんな細工はユニホームには不用だと思います。

ユニホームというものはチームの象徴であり、そこにはチームの歴史や伝統、理念や方針、願望や将来のビジョンがこめられている大切な意味のある物だと思います。なんか最近はその重要な部分を軽んじて、やたら凝りすぎの装飾過多なデザイン(ただ派手なだけ)のユニホームが多すぎやしませんか?(昨年の交流戦用のタイガースユニホームなど…)

やっぱりシンプルで、それでいて力強さが伝わってくるユニホームが一番。

ホームは縦縞、ビジターは昔着ていた上が黒・下がグレー(胸は筆記体)のタイプだけでいいじゃないか、と思うのは私だけでしょうか。

ちなみに私がプロアマ通じて最も好きなのは、塾野球部のグレーのユニホームです!!!

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微妙な言葉の使い方。

3歳1ヶ月の次男は今、「どーして?」「なんで?」のオンパレード。さらにその際聞いた言葉や、覚えたてのフレーズを使ってみたくてしょうがないらしく、会社から帰ると待ってましたとばかりに速射砲のように話しかけてきます。

…でも微妙に使い方を間違うので、結構笑えます。

次男「おどろくと、かおがふくらんじゃうんだよね~」

…目が丸くなるんじゃないの?

次男「おいしくて、ほっぺがくずれちゃうんだよね~」

…落ちるの。

次男「ぴかりがぴかーっとぴかるんだよ」

…ひかりがぴかーで「ぴかり」か。なるほど。

本日の日本語講座初級編はこれにて終了。

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パウエルってそんなに凄い投手だったっけ…。

元巨人・パウエル投手の契約をめぐってオリックスとソフトバンクが真っ向対立。

外国人選手との契約は、通常統一契約書の写しに署名した段階で仮契約を結んだとみなし、来日した時に正式契約を交わし連盟に届け出るというのが通例なのだそうです。そしてその間は他球団は手出しをしないというのが球界の暗黙の紳士協定だったようです。

今月11日にオリックスがパウエルを獲得すると発表した時は、統一契約書の写しにサインをした段階すなわち仮契約状態で正式契約にはいたっていませんでした。その間隙を縫ってソフトバンクがパウエルと正式契約(統一契約書そのものに署名)を結んだということで問題が発覚しました。

オリックス側はこれまでの球界の暗黙のルールを無視した非常に悪しき事例だとソフトバンクを非難し、一方のソフトバンク側はオリックスとは仮契約の段階であり、正式な統一契約書にパウエルが署名しているのだからこちらの契約が有効だと主張して、両者とも全く譲る気配がありません。

どう思いますか?

私は、読売がその昔江川卓投手と契約を交わした「空白の一日」事件を思い出してしまいました。あの時も条文の解釈の仕方によっては読売側の主張の正当性が成り立つものの、世間はその行動を常識的にも道義的に非常に問題のある「姑息で汚いやり方」であると、読売を一斉に非難しました。

「統一契約書に本人の署名がなされている」という法的には裏付けのあるソフトバンクの主張は正論には違いありませんが、これまでの一般的な契約の流れを無視した行動は道義的に許されるものではないような気がします。今回も読売の時と同じように「確かにソフトバンクの主張する通りだけれど、でもやっぱり道義的には支持できない姑息で乱暴な方法」じゃないかと個人的には思います。

もう一つ。

「日本球界の暗黙の紳士協定なんか私は知りません。仮契約はあくまでも仮。より高い評価をしてくれた球団と契約するのが当たり前でしょ。それの何が悪いんですか?」

パウエル・代理人はきっと上記のようなコメントをするに違いありません。

日本プロ野球界の常識を考慮しない(というか知らない)、ビジネスに徹しきった彼らの行動が混乱を招く要因となったのではないでしょうか。当然のことながら彼らは、当たり前の行動をとっただけで「自分達が悪いことしたかな?」なんてことは微塵も思ってもいないでしょう。

まあ、パウエルが、トラブル覚悟・契約の慣例を破ってまで獲得したいと思うほど凄い投手かといえば、果てしなく疑問符がついてしまいますが…(故障上がりの一外国人投手にしか思えません)。

いずれにせよ、2月1日にはスッキリした形で、プロ球界のお正月・キャンプのスタートを迎えたいものです。

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最後の晩酌。

実は私重度の花粉症で、5・6年前のスギ花粉大量飛散の年にアレルギーのショック反応が出てひっくり返ったことがありました。付き合いは小学校3年生から4年生にあがる年の春からですので、もうかれこれ30年近くになります。

毎年、マスクにゴーグル型メガネ、飲み薬・目薬・点鼻薬でスギ花粉に立ち向かってきました(昨年鼻の粘膜に直接塗布する「花粉鼻でブロック」なるものを試したところ効果絶大。症状が大いに軽減され非常に助かりました)。ということで今年も2月上旬から飛散が予想されるスギ花粉対策の為、仕事帰りいつもの耳鼻科に行き、いつもの薬フルセットを処方してもらいました。早速明日から服用し始めます。

さてこの時期、花粉のアレルギー反応も辛いのですが、もう一つ辛いことがあります。それは…

「アルコールが飲めないこと」。

私の場合アルコールを飲むと花粉症の症状が悪化し、鼻づまり・鼻水が止まらなくなり、目も真っ赤に充血しひどい時には目蓋がはれ上がってしまうのです。

そんなこともあって、これから花粉シーズン終了の5月頭までの約3ヶ月間、晩酌の一杯はお預けとなります。花粉の症状も苦しいですが、この禁酒も違う意味で相当苦しいです…。

ということで今日「最後の晩餐」ならぬ「最後の晩酌」を、いつもの発泡酒ではなくビールで行いました。しかもいつもよりも1缶(350ml)多い3缶飲み干しました。いやあ旨かった。

…ああぁ、憂鬱な季節がいよいよ始まりますね。今年の花粉症も症状が軽くなるように祈るしかありません。

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ハンドボール日韓決戦!

国際社会をも巻き込んで異常な盛り上がりをみせているハンドボール(送球)。今日29日は女子、明日30日は男子が北京五輪出場権をかけて韓国にガチンコ勝負を挑みます。

世界そしてアジアのハンドボール事情に全く詳しくないのでいい加減なことはかけませんが、過去の対戦成績だけ見ると日本は韓国に圧倒されっぱなしのようです。特に日本男子は1990年以降勝ち星なしの2分15連敗中とのこと…。厳しい戦いになりそうですが、一発勝負は何が起こるかわかりません。ホームの優位性を存分に生かして、選手・スタンド一丸となって打倒韓国を!

日本代表の健闘を期待しています。

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復活への決意。

久しぶりにプロ野球の話題です。

オリックス・清原選手の会見の様子をスポーツニュースで見ました。故障した膝の回復具合に対しての質問に答えた後、キャンプに対する抱負を聞かれ

「2月1日には…、えー、2月1日にはですね…」

「…ユニホームを間違えずに着ることですかね。」(←大笑いさせていただきました。)

昨年のキャンプ初日での失敗(一人だけ間違えてビジター用のブルーのユニホームを着用)を自らネタにして取材陣の笑いを誘っていましたが、軽口を叩きながらも精悍で引き締まった面構えを見ていると、復活にかける決意と覚悟が画面からビンビン伝わってきました。

盟友・桑田真澄投手も怪我を克服しメジャーへ再挑戦、かつてのライバルであった野茂投手もロイヤルズでマイナーから3年ぶりのメジャーマウンドを目指して球春をスタートさせます。

昨年22年間の現役生活で初めて1軍出場機会が無かった清原選手。彼らに負けないように今年こそ怪我を克服し、右中間スタンドへ豪快な特大復活弾を放つ雄姿を是非見せて欲しいですね。

期待してます。

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大相撲に一言。

第1回わんぱく相撲大会で区3位になり、都大会で国技館(当時は蔵前)の土俵に上がったことがある私が、大相撲に一言モノ申す。(←えらそうに…。都大会1回戦で僅か3秒で押し出されたクセに。)

大相撲初場所千秋楽の横綱対決は、白鵬が朝青龍を敗り優勝、3連覇を達成したとのこと。

最後の最後で白鵬が意地を見せたわけですが、ほぼ4ヶ月間まともな稽古をしてこなかった朝青龍を優勝争いに加わることを許した大関や若手衆のふがいなさには正直あきれ果てましたね。

ああ情けない。だらしない。

初場所前の1ヶ月足らず稽古しただけで綱うちにも出てこないような相撲をナメきった横綱を、今コテンパンにやっつけられなくて一体いつ勝てるというのでしょう。あなた達はこの4ヶ月間何をしてきたのでしょうか?意地とかプライドというものが全く感じられません。昨日の青・白対決を「世紀の大一番」なんて大騒ぎしてますけど、こんな状態じゃ大相撲の真の人気回復はあまり期待できそうもありませんね。

幕内上位(大関・関脇・小結)陣に「現状維持で充分満足」という甘えがあって、自分達が相撲を支えているという自覚や上を目指そうというハングリー精神が全く感じられません。厚遇しすぎているのでは?地位に応じての給与体系を含めた現行制度を見直して、大関は10勝以上あげなければ次の場所はカド番、9勝以下ならば即刻大関陥落、三役以下の基本給は大幅に削減、その代わり本場所での勝ち星に応じての大幅な歩合給(1勝につき○○円加算、次の場所まで。但し勝ち越さないと適用除外)を支給…という現行以上に、勝てば勝つほど稼げるような仕組みにしたらどうでしょう。みんな目の色変えて稽古するんじゃないですかね。

でも、余計外国人力士が強くなっちゃったりして…(笑)。

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サヨナラの季節。

少年野球の練習終了後、マメ球児を集めた監督が妙に真剣な顔をして一言。

「今日の練習で、S君がチームを卒業します。バレーボールの方で頑張るということなので応援してあげてください。」

これまで低学年チームの主力で、高学年チームに移っても活躍が期待されていたS君。野球の他に地元少年バレーボールチームも掛け持ちしていていました。そのバレーボールチームは区内でも強豪チームとして有名で、高学年チームに合流する2月からはほぼ毎日練習があり、その内容も格段にハードとなるためにとても兼部できないということ。本人も相当悩んだようですが、バレーボールを選んだそうです。

と同時に、先輩オヤジコーチとして少年野球のノウハウを教えてくださったS君のお父さん、裏方としてグラウンド抽選や連絡網を回してくださったお母さんもチームを去ることになりました。チームにとってもかけがえのない大事な3人を失うことになり、そのダメージは計り知れません。

でもS君の選択を大いに尊重し、今までのチームへの貢献に感謝し、これからの健闘を祈念して、監督・コーチ、マメ球児、保護者一同大きな拍手で3人を気持ちよく送り出すことになりました。

残された我々がしっかりチームを支えることが、3人への恩返しだと思います。これまで以上に頑張って息子ともどもチームを盛り上げていかなければ…と気持ちを引き締めました。

S君、頑張れよ。そしてS君のご両親様、今まで本当にありがとうございました。

これから3月にかけて人が動く季節となります。サヨナラの季節が始まりますが、それは新たなスタートの時ということができるでしょう。去る者が安心して行けるように、来る者が安心して溶け込めるように、残る者はより一層精進しなければなりませんね。

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カレンダーとにらめっこ。

第80回選抜高校野球大会は3月22日の土曜日に開幕。

36校でトーナメントの山を作ると1回戦からの登場は8校で4試合。2回戦は、残りの28校が戦う14試合+1回戦勝ち上がりの4校が戦う2試合で計16試合。大会初日は開会式と1回戦3試合でしょ。2日目は第1試合が1回戦で、第2試合からは2回戦という感じかな。1試合でも多く塾高の試合は見たいけれど、優勝を狙う選手達にしてみれば大会終盤の連戦を考慮して2回戦から、しかも大会序盤に登場した方が日程的にもゆったりできそうだし。できれば開会式も見たいな。塾高初戦は絶対に応援しにいくけれど、試合後すぐに帰京しなければならないとすると…。

ズバリ、23日(日)の大会2日目の第2試合・2回戦の初カード、ここがベストの組み合わせだ(…と個人的都合に基づき勝手に判断)。

塾高主将・山崎君のクジ運に期待します。

「大会2日目の第2試合」…よろしく頼みますよ!

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明治大学応援団解散。

明治大学応援団が解散することになりました。原因については皆さんもご存知の通りです。

1922年に創設され、島岡吉郎野球部監督も学生時代応援団長を務めた名門応援団の伝統と歴史は、86年で途絶えることになりました。

バンカラ・男気は応援団の代名詞でありました。バンカラとは「自分の外見を飾ること以外の何事かに、より熱心であること」、男気とは「一時の私利私欲や感情に流されず、自分の信念を貫き通すこと」。

人に何と言われようと愚直なまでに母校を愛し、誇り、一生懸命頑張る学生をひたすら応援し続け、学生の士気を鼓舞させ続けなければならない応援団。その体制維持には他にも増して厳しい紀律があり、その意に反した行動があった場合には鉄拳制裁を加えることもあったことでしょう。ただその裏には「心」があり「愛」があり「情」があり、制裁を加えた者は加えられた者よりもより大きな痛みを心に感じていたと思います。

経理を担当していた団員が先輩団員にアドバイスをきくことが他学年との団員とのコミュニケーションを禁じた団内紀律に違反したとして制裁の対象となるのでしょうか?複数の団員により下級生団員の下半身を強制的に露出させVTR撮影すること、制裁手段として熱湯をかけるという暴挙…。

「心・愛・情」といった部分が失われた、ただ厳しく形骸化された紀律や鉄拳制裁は、暴力・いじめ以外の何物でもありません。

東京六大学出身者としては、名門・明治大学応援団の解散は非常に残念でなりませんが、体裁だけを気にして「心・愛・情」を持たない応援団ならば、母校応援の指揮を執る資格は全く無いと思います。現状を改めていく意思がないのであれば、解散も止むを得ないのではないのでしょうか。

「心・愛・情」のある応援団として、いつの日か明治大学応援団が再興されることを願わずにはいられません。

2月3日・補足

ここで取り上げている「応援団」は、リーダー部のことを指しています。明治大学応援団は、リーダー部・チア部・吹奏楽部の三部で構成されていて、チア・吹奏楽はそのまま活動を続けます。言葉足らずで誤解を招くような表現がありましたこと、ここにお詫び申し上げます。

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がんばれ!塾高野球部。

興奮のあまりなかなか寝付けなかったのですが、カーテンを閉め忘れた窓から伝わる冷気にブルっときて朝5時30分に目が覚めました。横の部屋で寝ている家族を起さないようにそうっと家を出て、近くのコンビにまでスポーツ新聞を買いにいってきました。

報知・スポニチ・サンスポ・日刊・トーチュウ(デイリーは昨夜夕刊を購入)…5紙すべてでセンバツ出場校のニュースが大きく取り上げられていました。もちろん塾高も…というよりは田村君が。

ある程度予想はしていたものの、5紙全てにおいて見出しは「力道山の…」。「空手チョップ魂」なんていう小見出しには正直呆れました。

何とかなりませんかね。上っ面だけの目新しさや珍しさを取り上げるばかりで内容がほとんど無いこういう記事。

塾高野球部を記事として取り上げるならば、高校野球への取り組み方(考え方・姿勢・練習内容)、それが最激戦区・神奈川においてどのように実を結び、結果となって現れてきたのかという部分を紹介するべきでしょう。

確かにある選手にスポットをあててヒーローのような報道を繰り返せば、世間の注目度は増して新聞・雑誌の売り上げやTV視聴率は伸びるかもしれません。田村君を取り巻く血縁・実力・慶応ボーイという環境を、ハンカチ王子・ハニカミ王子に続くニューヒーローを探している新聞を含むメディアは放っておかないのでしょう。

でも野球、特に高校野球は個人スポーツではなくチームとしてプレーする団体競技。ましては注目度(人気)が金銭に直結するプロ選手・芸能人ではなく、一高校生なのですから…。もちろん田村君にスポットをあてることを否定しているわけではありません。ただもし取り上げるならば「力道山の…」ではなく、実力や成績を正当に評価した上であくまでも塾高野球部員の田村君として記事にしていただきたいと思うのです。

そんなメディアの幼稚さに比べ、田村君は大人ですね。次のような内容のコメントをしています。

『最初は「力道山の…」という取り上げられ方に対して正直悔しい思いをしていました。でも今ではおじいちゃん(力道山)があって今の自分があるのだと思えるようになりました。力道山の孫であることは光栄ですし尊敬もしています。でも負けるわけにはいきません。慶応の田村として認めてもらえるように頑張ります。』

センバツで好投し実力を証明すること、それができた時に初めて「慶応の田村」として認められ、偉大なる祖父・力道山から「卒業」することができるのでしょう。

自らが置かれた立場を熟知して、進むべき方向性までしっかり見据えている田村君。そしてその田村君と共に、信頼という絆で結ばれ抜群のチームワークで激戦区神奈川・関東を勝ち上がった塾高野球部。

4月3日(センバツ決勝予定日)の甲子園の空に、「塾旗」が翻り、「塾歌」が響き渡ることも夢ではないような気がします。

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センバツ出場36校決まる。

センバツ出場校発表を今か今かと待ち構えていた16時すぎ、緊急の修理依頼の連絡が…。後ろ髪引かれる(といっても引っ張られる程毛は無いのですが…)思いで、泣く泣く現場へ急行。選考の結果にヤキモキしながら修理を終え、20時すぎに大急ぎで会社に戻ってきました。修理報告書作成なんぞ後回しにしてPCをONにし、選抜出場校を検索…。

「あった!!!!」

そこには「3年ぶり7回目・慶応(神奈川)」の文字が…。歓喜の嬉し泣きで画面がみるみる滲んで…。

♪ うれしくて うれしくて 言葉にできない ♪(BY 小田和正)

ということで、第80回選抜高校野球記念大会出場36校の顔ぶれは次の通りです。

【北海道】駒大岩見沢(北海道)…1校

【東北】東北(宮城)・聖光学院(福島)…2校

【関東】横浜(神奈川)・慶応義塾(神奈川)・聖望学園(埼玉)・水戸商(茨城)・千葉経大附(千葉)・宇都宮南(栃木)…6校

【東京】関東第一(東京)…1校

【東海】常葉菊川(静岡)・中京大中京(愛知)・宇治山田商(三重)…3校

【北信越】長野日大(長野)・丸子修学館(長野)・敦賀気比(福井)…3校

【近畿】東洋大姫路(兵庫)・履正社(大阪)・平安(京都)・智弁和歌山(和歌山)・天理(奈良)・北大津(滋賀)…6校

【中国】下関商(山口)・八頭(鳥取)・興譲館(岡山)…3校

【四国】明徳義塾(高知)・小松島(徳島)・今治西(愛媛)…3校

【九州】明豊(大分)・沖縄尚学(沖縄)・鹿児島工(鹿児島)・城北(熊本)…4校

【21世紀枠】安房(千葉)・成章(愛知)・華陵(山口)…3校

【希望枠】一関学院(岩手)…1校

連続出場は5校(聖光学院・千葉経大附・常葉菊川・北大津・今治西)。

初出場は9校(聖望学園・宇治山田商・長野日大・八頭・興譲館・明豊・鹿児島工・安房・華陵)。

久しぶり(20年以上のブランク)の出場は、関東第一(21年ぶり)・宇都宮南(22年ぶり)・丸子修学館(旧校名丸子実、31年ぶり)・下関商(29年ぶり)・成章(36年ぶり)の5校。

最多出場は平安の36回。第2位は中京大中京の28回。3位は東北・天理の18回。

…ということで選抜は3月22日開幕です。紫紺の大優勝旗を手にするのはどの高校でしょうか。今からワクワクしますね。「春はセンバツから」といいますが、心の中では今日から球春開幕です!

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塾高・センバツ出場決定!

塾高、3年ぶり7回目の選抜出場決定!!!!!!!

うっうっう、うれしいよ~。(←半泣き)

気の利いたコメントはまったく浮かびません。というより頭が真っ白で何も言葉が浮かびません。

いや~良かった。本当に良かった。最高だ~!

塾高野球部のみなさん、おめでとう!

…これでいよいよ高校日本一へのスタートラインにつくことが出来ました。本当の戦いはこれからです。塾高野球部のセンバツでの最高成績は8強です。昨秋2度苦杯を舐めている横浜を打倒すること=偉大な諸先輩達を越え、塾高野球部史に燦然と輝く「日本一」が達成されることを意味します。

150周年を迎える慶應義塾の新たな歴史のその第1頁目に、「塾高選抜制覇・日本一」の記録が刻まれるよう、健闘を期待します。

塾高野球部の皆さん、センバツで自分達の力が存分に発揮できるよう頑張って練習に励んでくださいね。

私も甲子園に駆けつける為、これから頑張ってお小遣いを節約することにします。

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センバツ代表校選考委員会、開催中。

いよいよ今日午後、第80回選抜高校野球大会出場36校が選出されます。塾高を含め選出される高校の顔ぶれが気になってしょうがありません。

朝9時から選考委員会が開かれ、なんで15時過ぎまでかかるのかちょっと疑問に思ったので、選考委員会がどういう選考過程を経て36校を選出するのか調べてみました。

 9時00分~ 21世紀枠候補9校の推薦理由の説明

10時30分~ 選考委員会総会。選考委員長の選出等の手続き等

11時00分~ 21世紀枠特別選考委員会にて3校選出

         一般選考の地区別小委員会開催

15時00分~ 選考委員会総会

         ① 21世紀枠選出の3校発表

         ② 一般選考の地区別選考経過報告と選出32校の発表

         ③ 希望枠選出の1校発表

…こんな手続きを経て、16時前後にあのいつもの光景(各高校への電話連絡、校長が「謹んでお受けいたします。」、知らせを受けた野球部員がグラウンド等でガッツポーズ)がみられるというわけですか。

委員長なんて事前に決めておけばよいものを…。もったいぶらないで早くスパッと発表して欲しいです。朝からそわそわして全然仕事が手につきません!

ああ、15時まで、待ちきれません!

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塾高野球部、明日いよいよ…。

最近野球以外の堅苦しい記事が多くて、書きながらちょっと反省してます。

ということでいよいよ明日、センバツ第80回記念大会の出場校が発表になります。

3年前は、浦学との激闘もあり「多分選ばれるだろう」と思っていましたが、関東ベスト8止まりということもあって、決定までヤキモキしたことを思い出しました。

今年は関東大会準優勝でほぼ間違いなく当確という状況ですが、なぜか3年前と同じで「大丈夫と思うけれど、まさか…」という一抹の不安があり、ヤキモキしっぱなしです。

やっぱり正式に出場決定の発表がなされないと落ち着きませんね。

明日の朗報、期待してます。

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存続か、廃止か。

ガソリンの暫定税をめぐる与野党の攻防が今通常国会での焦点といわれています。与党は、道路建設の為の必要な財源でこれを廃止すると国・地方合わせて2兆6,000億円の税収が不足する為存続を主張し、野党・民主党は、暫定税を廃止することで国民の負担を軽減するべきだと主張しています。地方の首長たちも、これ以上都会と地方の格差を生じさせない為にも道路整備は絶対に必要だと主張し、暫定税存続を訴えています。

都会では道路がほぼ整備され車以外の交通手段も充実し、暫定税率の廃止による負担減を望む意見の方が多いかもしれません。しかし公共交通網が整備されておらず車以外の交通手段が無いに等しい地方では、本当に必要な道路の整備は重要な課題である一方で、道路が整備されてもガソリンの高騰が続けば車に掛かる費用(ガソリン代)の為、地方住民の負担はますます増大するという矛盾が生じてくることも事実です。

私は「暫定税率は廃止」すべきだと思っています。

【暫定】…本式に決定せず、しばらくそれと定めること。かりにとりきめること。(広辞苑)

暫定という名称を用いながら約30年もの間、恒久税のごとく科せられ続けたこの税金により、国と地方は道路整備を着々と続けてきたことは間違いない事実です。ではその30年もの間作られ続けてきた道路により、地方の振興はなされ、発展してきたのでしょうか。都会と地方の地域格差は解消されつつあったのでしょうか。今の日本の現状をみれば、これだけ疲弊してしまった地方をみれば、答えははっきり「NO」といえるでしょう。

暫定税による莫大な税収で、過去30年もの長きににわたって作られ整備され続けた道路ですが、それがこれまで地域発展・地方格差の是正に全く成果があがっていないのならば、今から何十年いや何百年道路を作り整備し続けても結果は同じではありませんか。つまり道路を作り整備しつづけても、地方の発展・地域格差の解消には何の役にも立たないと思うのです。

本来、道路などのインフラが整備されれば、物流や人事の交流が活発となり産業が発達していくはずなのですが、では何故現状のような地方格差の問題が生じているのでしょうか。

答えは、「30年間、地方の首長が地方行政を行なわなかったこと。」

この30年間、地方は真剣に、インフラ整備により利便性が良くなることをアピールして企業誘致活動や企業が進出しやすくするための税制優遇措置などの法的整備を積極的に推進してきたのでしょうか。

道路整備事業に直接的に関わる地元産業(主に建設・土木)だけに頼り、道路整備による2次的効果が期待できそうなその他の地元産業の保護・育成・発展に努めてきたのでしょうか。

道路を作ること=地元産業振興という公共工事頼みの国と地方の関係(地方の発展段階の過渡期には一時的にこういう関係になることはある)から、一歩踏み出そうとする施策を講じてきたのでしょうか。

また一番重要な整備後の地元産業振興の為の有効な施策を講じてきたのでしょうか。

…道路整備事業そのものを自分のところへ優先的に振り分けてもらえるように、国会議員や国の役人への働きかけしかしてこなかったのではないのでしょうか。

30年にも及ぶこうした地方行政の怠慢は、公共工事に頼るしかない体質を生み出し、そのことは国(議員・役人)・地方・地元業者の間での利権を生じさせ官官・官民癒着の構造的問題を生み出す大きな要因になってしまいました。

こういう国・地方の構造的諸問題を抱える日本の現状では、今後いくら道路整備に税金を投入しても地方発展・地域格差是正には全く効果があがらないことは明白で、地方の国への依存体質をますます助長させるだけだと思うのです。

それならば今現在の最良の選択肢は、国民生活の負担が直接的に軽減される「暫定税の廃止」だと思うのです。

暫定税廃止で2兆6,000億円もの税収が不足することになります。足らなければ足らないで、何とかやりくりしようとするものです。政策内容の見直し(政策の有効性を検証・無駄な政策の廃止)、優先順位付けと予算の配分の見直しという流れは必然となるでしょう。

この流れは、地方が国への癒着・依存体質から脱却するまたとない絶好の契機になるような気がします。

国からの支援がアテに出来なければ、地方は独立し、自ら考え、自ら行動し、自ら育成し、自ら発展していくという方向性に転換していくしか生き残れなくなるからです。疲弊している地方には更に試練を与えることになりますが、変わろうとする時には相当の痛みは当然伴います。目指すべき変革の程度が大きければ大きいほど、その痛みは耐えがたいものになるかもしれません。

その試練を乗り越え真の地方独立がなされた時、初めて地方間をつなぐ交通網の整備は地方共栄のために意味のある事業となるのではないでしょうか?

少なくとも現在の国と地方のあり方では、道路整備は地方振興の有効な施策には全くなりえないと思います(むしろ無駄)。

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慶応勢センバツでの戦績を振り返る。その6

長い間センバツから遠ざかっていた塾高野球部が復活を遂げたのは2005年(平成17年)の第77回大会でした。2004年の秋季関東大会準々決勝で埼玉の強豪・浦和学院(延長14回引き分け再試合・再試合は0-6で敗れる)との激闘が評価されて、実に45年ぶりとなるセンバツ出場を決めたのでした。

皆さんもまだご記憶に新しいのではないでしょうか?

1回戦

 関西 100 101 310    7

 慶応 103 000 301×   8

開会式当日に行なわれるはずの試合が降雨により翌日に順延。その復活初戦となった岡山・関西との1回戦も、試合途中から雨中の激戦となりました。8回にはエース左腕・中林君が投直を頭に受け一時退場となるも、すぐさまマウンドに戻り気迫の投球を見せます。7-7で迎えた9回裏、代打新谷君に殊勲の中前安打にて塾高サヨナラ勝ち(試合後の上田監督のインタビューで新谷君がスクイズのサインを見落としたことが暴露されました)。45年ぶりのセンバツで選手・スタンド一体となって塾歌を高々と歌い上げました。

2回戦

 慶応義塾 001 000 110   3

 福井商業 000 100 000   1

今大会注目の右腕・林君擁する福井商との2回戦。3回までに林君に50球投げさせる作戦が見事に功を奏し、終盤小刻みに得点を奪うことに成功。3-1で快勝し45年前の記録に並ぶ8強進出を決めました。塾高・中林君(現慶大2年)と福商・林君(現千葉ロッテ)の投手戦は見ごたえがありました。個人的には、塾高野球部のベストゲームの筆頭候補です。

準々決勝

 神戸国際 500 051 301     15

 慶応義塾 001 000 000      1

試合前は塾高・中林君、神戸・大西君の両左腕エースの投げ合いという接戦が予想されていましたが、神戸国際大附が初回中林君の立ち上がりを攻め長打攻勢であっという間に5点を先制。序盤塾高も幾度となくチャンスを作りますが神戸・大西君を打ち崩すことが出来ません。5回ダメ押しともいえる5点を奪われ試合は一方的な神戸ペースで進み、結局塾高は1-15で完敗となりました。

…選抜大会における慶応の戦績を振り返ってきましたが、今年の塾高は昨秋の秋季関東大会準優勝という堂々たる実績を引っさげて、3年ぶりのセンバツ出場が濃厚となっています。前回受けた大敗の屈辱を晴らすべく、今年の塾高野球部の大活躍を大いに期待しています。

明日届くであろう朗報、今から心が躍り待ちきれません。

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センバツ特集の記事。

本日(1月23日)付け報知新聞にて、センバツ出場校に関する特集記事が組まれています。

そこには塾高2本柱の一人、左腕・田村圭投手が写真つきで大きく取り上げられていました。最初見たときは「おおっ!田村君が取り上げられている。いい感じじゃないですか」と思ったのですが、読み進めていくうちに何となく漠然とした嫌な不安を感じて、素直に喜べなくなりました。

塾高は確かに神奈川準優勝・関東大会準優勝という成績を残し、センバツ出場はほぼ当確という状況になっています。しかしながら塾高を上回る素晴らしい成績を挙げた横浜には、2枚看板の好投手田山君・土屋君、入学直後の春季大会から主軸を打つ筒香君など、取り上げられても良さそうな好選手がたくさんいます。また明治神宮大会でその横浜を敗り、秋の日本一に輝いた常葉菊川の戸狩投手よりも扱いが大きいというのは…。

そもそも塾高の秋季諸大会における好成績は、田村君の貢献はもちろんですが、2本柱のもう一人・只野君や、キャプテン山崎君、鈴木君、内藤君…ら部員一丸となって戦ったチームワークの賜物であります。決して田村君一人の力で勝ち取ったものではないはず。それゆえ記事として取り上げるならば、塾高をチームとして紹介すべきだと思います。

駒苫・田中将大投手を「マー君」、その田中投手と決勝引き分け再試合の激闘を戦った早稲田実業・斉藤祐樹投手を「ハンカチ王子」と名づけ、本来の高校生・野球部員という大前提そっちのけで芸能人のごとくワイドショー的視点で私生活まで追い回したマスコミの過剰報道を省みた時、早稲田のライバル慶応の選手であること(早稲田斉藤の次は慶応田村?)、力道山の孫であること、という田村君を取り巻く環境が、新たなマスコミのターゲットになってしまうのではないかという不安感がどうしてもぬぐいきれません。

常葉菊川・戸狩君、東洋大姫路・佐藤君の記事と比較しても、田村君の記事の取り上げ方にはマスコミの作為性を感じずにはいられません。力道山の孫であるという話題性を必要以上に強調し、そこから勝手に名づけた「空手チョップ投法」(当の本人も、周囲の関係者も、誰もこんな呼び方はしていません)…。甲子園で戦うのは「力道山の孫」ではなく、塾高左腕エースの田村君なのですから、田村君の成績やこの冬錬の取り組み方を記事として詳しく取り上げてもらいたかったと思います。

同記事内で田村君は、祖父力道山を尊敬していることを認めながらも「正直悔しい。田村1世と呼ばれたい。」と「力道山の…」という取り上げられ方をされたくない旨のコメントをしています。本人の意を解さずに周辺外野が勝手に大騒ぎして、センバツに向けて非常に大事なこの時期の野球部活動、いや高校生活にまで重大な支障をきたすような事態にならないことを祈らずにはいられません。

最後に。

同記事内で田村君は、「慶応ということでお坊ちゃんと思われたくない。3度目の正直で横浜を完封して優勝します。」という力強いコメントも語っています。有言実行、是非目標を達成してください。遠くから静かに、でも心の中では熱く熱く応援させていただきます。

頑張れ、田村君!頑張れ、塾高!

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いたたまれない気持ち。

阪神・横浜での現役時代、俊足・巧打でならし「スーパーカートリオ」の一角として活躍した加藤博一さんが、21日肺癌のためでお亡くなりになりました。

また、千葉ロッテのエース・清水直行さんの奥様も、二人の子供を残し32歳でお亡くなりになりました。

まだまだ仕事盛り・嫁と子供を残して56歳という若さで病に倒れること、嫁がある日突然この世からいなくなること…。

自分のことに置き換えてみるとたまりませんね。道半ばでこの世から逝かねばならない無念さ、残された者たちの悲痛な思いを推し測るといたたまれなくなります。

お二人のご冥福を心からお祈りいたします。

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ライバルの日。

今日1月21日は「ライバルの日」だそうです。

ライバルって?

早慶?花形満と星飛雄馬?矢吹丈と力石徹?トムとジェリー?村山実と長嶋茂雄?岡田彰布と江川卓?若島津と北天佑?JALとANA?ルパンと銭形?それとも…。

正解は、薩摩と長州。

1866年1月21日に、坂本竜馬の仲介で「薩長同盟」が結ばれた事に由来しているそうです。

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慶応勢センバツでの戦績を振り返る。その5

昭和24年秋季東京大会優勝を果たしたものの、塾高は高校所在地の変更すなわち日吉移転の為、翌年のセンバツには選出されませんでした。

それから久しく塾高はセンバツから遠ざかっていましたが、1960年(昭和35年)の第32回大会で神奈川移転後初のセンバツ出場を果たします。前年秋の神奈川県大会での5試合全完封、関東大会優勝の原動力となった渡辺泰輔投手擁する塾高の実力が高く評価された証でした。

1回戦

 慶応義塾 241 012 113    15

 鹿児島商 100 001 000     2

塾高打線が鹿商投手陣に21安打を浴びせる猛攻で15得点を奪い、投げては渡辺投手が11三振を奪う力投で快勝。初戦突破を果たし、慶応勢センバツ通算2勝目を飾りました。

2回戦

 東邦高校 000 100 002    3

 慶応義塾 201 020 00×    5

2回戦は強豪・愛知の東邦との対戦。打線好調の塾高は初回2点を先制すると、小刻みに追加点を挙げ5得点。渡辺投手は8四死球を与えながらも、被安打2・10奪三振の力投で東邦打線を3点に抑え、5-3で勝利。慶応勢センバツ初に8強進出となりました。

準々決勝

 秋田商業 010 000 000 01    2

 慶応義塾 000 000 001 00    1

秋田商・今川投手と塾高・渡辺投手の投手戦となった準々決勝は、1-1のまま延長11回までもつれ込む熱戦となりましたが、11回表・秋田商に決勝点を奪われ、2-1で残念ながら敗退となりました。

渡辺泰輔投手は、この後慶大に進み通算29勝。1964年の立教戦では史上初の完全試合を達成しています。卒業後南海ホークスに入団し、1966年日本シリーズでは敢闘賞受賞、オールスターにも選出される活躍をしました。プロ通算54勝58敗。

この8強が、慶応勢のセンバツの最高成績となっています。

次回は最終回、塾高45年ぶりの復活を遂げた2005年の第77回大会を取り上げたいと思います。

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突然の練習試合。

予報よりも穏やかな天気となった今日、9時から長男の少年野球の練習に行って来ました。

練習開始前、監督から「10時30分に○○小学校へ移動して、そこで練習試合をします。」というスケジュールが発表されました。相手は区内の大会で何度も優勝している強豪の低学年チームです。

「まだ、試合は早いんじゃない?相手も強すぎるし…」なんていうこちらの心配をよそに、マメ球児たちは俄然ヤル気全開モード。移動前の練習は、別のチームか?と思えるほどの張り切りようでした。

小学校に舞台を移し、さあ試合開始。長男を含む1年生3人はベンチスタートです。

1回表相手先発投手の立ち上がりを攻め幸先よく2点を先行すると、その裏我がチーム2年生エースが、1~3番打者をすべて投ゴロに打ち取るナイスピッチング。1回を終わって2-0という予期せぬ上々の滑り出しに、ベンチ・応援団一堂「おおおっ」(←ちょっと驚きを含む)。

続く2回表にも4番のタイムリーで2点を追加し4-0。その裏の相手攻撃もあっという間に2アウトとなりました。「よし、この回おさえれば、いける!」と思った直後、悪夢が…。

投ゴロに打ち取り何でもない一塁送球を、ファーストがポロリ。続くサードゴロの一塁送球を、またしてもファーストがポロリ…。気がつけば2アウトからの猛攻で一挙7点を奪われ4-7と試合をひっく返されてしまいます。

それでも3回表、まだまだヤル気モードのマメ球児たちは2点を取り返し6-7と迫ります。

が粘りもここまで。勢いづいた地力に勝る強豪チームの攻撃の炎を消し止める力は、我がチームにはまだありません。一気に押し切られ、試合は6-17(6回)で終了となりました。

大敗でしたが、それでも序盤の試合内容や個々の選手のプレーには確実な進歩の跡が見られ、現在の実力を把握するのになかなか意義のあった練習試合となりました。

そしてもう一つ。この練習試合、長男の記念すべきデビュー戦となりました。4回裏からそれまでベンチ応援団だった1年生3人が、外野の守備位置に入り、長男はレフトを守ることになったのです。残念ながら打席に立つ機会はありませんでしたが、守備では頭を越された飛球の処理と左中間のヒットの処理(ワンバウンドで処理)、ベースカバーに走ったりとなかなか奮闘していました。

試合初出場、自分のことのようにうれしかったですね。ドキドキしました。

自分が初出場した時(中学1年)は、緊張して「打球よ、飛んでこないで~」なんて思っていたのですが、試合後長男に初出場の感想を聞くと「うれしかった。でも全然緊張しなかった。」と平然と言っておりました。次の機会ではもう少し長いイニング試合に出られるように頑張ろう!

さあ、春季公式戦開幕まであと2ヶ月ちょっとです。マメ球児のみなさん、今日の貴重な経験を糧にして冬練習頑張りましょう!

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「フルスイング」に期待。

今晩21時からNHKにて「フルスイング」という新ドラマが始まります。

1968年に南海ホークスに入団、怪我の為現役生活は短かったものの、現楽天監督・野村克也さんに研究熱心さを買われ1973年打撃コーチに就任、その後7球団・30年にわたって数々の強打者を育てあげた高畠導宏(現役登録名・高畠康真)さんのお話です。

高畠さんは1998年から日大の通信課程で教職を学び、高校教諭の免状を取得します。02年秋ロッテとの契約が切れたのを機に、複数の打撃コーチ就任の話を断り、高校野球指導者となる夢の実現の為に福岡県の筑紫台高校に赴任します。高畠さん、59歳の時のことです。

プロ野球経験者は教職についてから2年経過した後の審査を経なければ、高校野球指導者になることは出来ません。「才能とは、最後まで諦めないこと」と常に語り、いかなる時も親身になって生徒と向き合っていた高畠さんは、僅か1年で、野球指導者としてではなく、「一教師」として絶大な信頼を寄せられるまでになっていたといいます。

その高畠さんを突然病魔(膵臓癌)が襲い、高校野球監督就任を目前にして60歳の若さで命尽きることとなりました。

夢の実現まであと一歩のところまできていただけに…。

そんな高畠導宏さんの生き方を、トリビアの泉でお馴染みの高橋克実さんが演じます。いいドラマになるといいですね。

高橋さんの好演、期待しています。

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蕾から花へ。

今春の選抜高校野球大会の入場行進曲に、コブクロの「蕾」が内定したとのこと。

一冬越して着実に成長した蕾からどんな花が開くのか、今年のセンバツも注目ですね。

でも、「行進するには難しそうな曲だなぁ」と余計な心配したりして…。

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慶応勢センバツでの戦績を振り返る。その4

1949年(昭和24年)第21回大会(出場16校)に出場したのは、慶応二高でした。

前年、新学制に伴い慶応義塾第一高校・慶応義塾第二高校が発足しますが、一高・二高は僅か1年で廃止・統合され、「慶応義塾高校」として新たにスタートすることになります。

この1949年は春夏連続甲子園出場を果たしていますが、上記理由で春は「慶応二」、夏は「慶応」として出場していて、この21回大会は「慶応二」という校名が記録された唯一の大会となっています。

1回戦

 慶応二 031 000 002   6

 芦屋高 030 000 004×  7

序盤から試合が動き4-3で慶応二が芦屋をリード。中盤は膠着状態が続いたものの、9回表二高が貴重な2点を奪い「勝負あった」と思いきや、芦屋が9回裏3点差をひっくり返しまさかのサヨナラ負け。19回大会の慶応商工の逆転サヨナラ負け(下関商に6-7)に続いて、再び悪夢の幕切れとなりました。11安打を奪ったものの11四死球を与えているという記録内容から想像すると、有利に試合を進めながらも最後まで試合の主導権を完全に握ることが出来なかったのでは?という感じですかね。ちなみにこの大会、芦屋は準優勝を果たしています。

どうも慶応勢は、センバツとの相性があまりよくないみたいですね…。

ということで、次回は1960年(昭和35年)の第32回大会を振り返ります。

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08年度予算をめぐる攻防。

野球以外のお話です。

朝の文化放送の番組で、衆議院議員の河村たかしさん(民主党)が、次のような内容の話をしていました。

「暫定のガソリン税廃止は、ただ単にガソリン価格が25円下がり国民生活が楽になるという面だけを訴えるのではなくて、もっと大きなある流れのキッカケにしなければいけないと思うんだなぁ。廃止となると国・地方合わせて2兆6,000億円の税収不足となる、と自民党は大騒ぎしているが、無きゃ無いで何とかしようとするもの。家計だって、収入が減れば支出内容の見直しをして、やりくりしたり無駄を徹底的に省こうとするでしょ。本当の意味で税制改革や行政・財政改革をしようとするならば、増税の前に、まずこういうおかしな税の見直しを含めての『減税』をする事が大事。そうすれば家計と同じように、歳出内容の精査を行わざろうえなくなって、税金の無駄使いの是正や適正な使途への税の配分がなされていくというわけ。今度の暫定のガソリン税廃止は、そういう大きな流れの中での一つとして位置づけをしないといけないんじゃないか。」(←名古屋弁風に)

河村議員がどういう人物であるかあまり詳しくないんですが、珍しく「ほほ~、なるほど。まず減税をおこなうべしか。なかなか面白い考え方だな。」とハンドルを握りながら、取引先に向かう車中で一人うなずいておりました。

そういえば我が家も、恒例の支出見直しの時期(だいたい確定申告の前頃)が近づいてきました。次男の幼稚園入園等もあり子供達にかかるお金(教育費や食費)や、物価上昇や増税などで、家計の支出が確実に増える見込みの一方で、増収の可能性は全くないため、今年の奥方との折衝は非常にシビアなモノになりそうです。

なんとしてでも、お小遣いの現状維持だけは勝ち取らなければ…。

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メジャー開幕ナマ観戦は、だめじゃー。

メジャー開幕戦・ボストン対オークランド戦のチケット、S席で18,000円、A席で12,000円、B席でも7,000円とのこと。

「子供に是非、本場のプレーを…」と思っていましたが、2席で36,000円(S席の場合)はとてもとても払えません。

松井秀喜のNYYの開幕戦の時も、確かS席で25,000円という価格だったような…。

野球って、そんな高所得者達の為のスポーツだったんでしょうかね。海外旅行の正月料金みたいで、何かぼったくられているような気がしてなりません。

もっと庶民的な価格設定にならなかったのかな~。

残念でなりません。

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40mダッシュの裏に隠されたオヤジの思惑。

14日の少年野球の練習での出来事。この日は高学年チーム・低学年チーム合同で行なわれました。

あまりにも寒かった為、普段は見ているアップに参加することにしました。準備体操・ストレッチ・ランニングが終わって、モモ上げやスキップ、サイドステップ、ツイスト(腰を左右に捻りながら走る)等々のメニューをこなし、最後の40mダッシュ×2本を残すのみとなりました。

ダッシュはキツイので軽く流そうかな?とも考えましたが、「いや待てよ。ここでいいところを見せておけばマメ球児たちに少しは威厳が保てるかもしれない」という邪心がふと頭の中をよぎり、心の中で勝手に真剣勝負を挑むことにしました。

1本目。マメ球児24人と私の計25人がスタートラインに立ち、監督のピッという笛の合図で一斉にスタート。俊足で鳴らす6年生部員とのデットヒートを制し、なんとトップでゴールイン。

2本目、またもやトップでゴールイン!

奇跡の2連勝です。「イエーイ!どんなもんだい。やっぱり凄いだろう。まだまだ若造には負けられんわい。」と勝手に心の中でほくそ笑み、自己満足にしばらく陶酔してしまいました。

ハッと気がつくとマメ球児達は、淡々と次の練習メニュー・キャッチボールの準備を始めていました。当たり前のことですが、マメ球児にとってみれば、アップのダッシュでオヤジコーチに負けたことなんて、何とも思っていないのでしょう。せめて長男ぐらいは「結構早いんだ。」と感心してくれてもいいのに、と大人気なくちょっとすねてしまいました。

その気配を察したのかどうか知りませんが、練習に遊びに来ていたある部員の弟さん(まだ4歳)がトコトコと私の横まで近寄ってきて

「おじちゃん、かけっこ、はやいね。」

とお褒めの言葉をかけてくれました。

よくできた弟さんです。いやあ、うれしかった。最高にうれしかったです。

…でも、そこで全精力を使い果たしてしまったようで、その後の練習では寒さと着膨れもあって体がいうこと利かなくなり、ガタガタでまったくいいところなしでした。

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復活への第一歩。

先日の草野球の帰りの車中、ラジオでスポーツライターの二宮清純さんが、野茂英雄さんについて熱く語っていました。

メジャーに旅立つ際の近鉄とのゴタゴタで、一時は「ルールを無視した自分勝手な振る舞い」「日本球界の裏切り者」とまで言われた野茂さんは、自分の信じた道を黙々と歩み、ついにメジャーのマウンドに立ちます。

その後の野茂、いやNOMOさんの活躍はご存知の通り。

二宮さんは、野茂が一切の言い訳をせず実力を示し成績を積み重ねていくことで、あれほど批判的な報道を繰り返してきた日本のメディアに「メジャー挑戦のパイオニア」として認めさせたことを絶賛されていました。

「男は黙って野茂英雄。」

「野茂は道なき道を切り開き、アスファルト舗装して道路を作ってきた。後からメジャーに挑戦した日本人選手たちは、その整備された道路の上を歩んできただけ。」

「日本人メジャーは必ず野茂のところへ行き、一言御礼を言うべきだ。」

と、冗談っぽくお話しされていましたが、その真意は言葉そのままの内容であったと思います。

そんな野茂、いやNOMOさんがロイヤルズとマイナー契約を結んだという嬉しい知らせが…。

己の信じた道を黙々と突き進むNOMOさんの復活への第一歩が、いよいよ踏み出されました。メジャーのマウンドでの雄姿を再び見たいものです。

頑張ってください。心から応援しています。

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慶応勢センバツでの戦績を振り返る。その3

いよいよ、センバツ出場決定まであと10日となりました。

ということで、第3回目の今回は1947年(昭和22年)の第19回大会を振り返ります。

この19回大会は選抜中等学校野球大会として最後の大会であり、参加26校がその覇権を争いました。そしてこの大会は慶応勢が唯一2校(慶応商工・慶応普通部)出場した大会となりました。早速振り返ってみましょう。

1回戦

 慶応商工 001 000 005    6

 下関商業 000 100 033×   7

10年ぶり3回目の出場となった慶応商工は、1-4から9回表に5点を奪い大逆転するも下関商の粘りに屈しサヨナラ負け。商工は結局センバツ大会で勝利を挙げることができませんでした。ちなみにこのセンバツで下関商は8強入りしています。同年夏の選手権でも商工は2回戦で下関商と対戦。乱打戦となりましたが8-14で逆転負けを喫しています。

1回戦

 京都二 000 000 000   0

 慶応普 000 000 10×   1

第1回と第2回の選手権優勝校同士の対決となりました。試合は京都・上田、普通部・加藤息詰まる投手戦でしたが7回裏に挙げた虎の子の1点を守りきり、普通部が選抜大会初出場で初勝利を飾りました。この勝利は慶応勢にとっても、延べ4度目の選抜チャレンジで初めての記念すべき1勝となりました。

2回戦

 享栄商 000 000 201    3

 慶応普 010 000 000    1

スコアこそ1-3でしたが、内容は享栄商打線の猛攻(14安打)を普通部の加藤投手の粘投で何とか凌いだというモノ。終盤に力尽き、7回表に逆転を許すと、9回表にダメ押しを奪われ万事休す。1-3で敗れ、2回戦敗退という結果に終わりました。

旧制中等学校はこの大会が最後となり、新学制により選抜は高校生の野球大会へと生まれ変わります。普通部は中学校に、商工は慶応一高・二高を経て、現在の慶応義塾高校(塾高)に引き継がれることになりました。(19回大会の出場記録は1回としてカウントされ、普通部・商工・二高の記録は塾高に受け継がれます。)

次回は、慶応二高が選抜出場を果たした、1949年(昭和24年)の第21回大会を取り上げたいと思います。

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復活!

すいません。野球メインのブログですが、どうしても書きたいことがありまして…。

昨日復活した「ヤッターマン」を子供2人と見ました。

「♪エンジンぶるぶる絶好調、足を上げて○ン○ン♪」のオープニングテーマ、ボヤッキーの「ポチっとな」、ドロンジョさまの「やっておしまい」、ドクロベエの「おしおきだべぇ~」、状況を解説する「説明しよう」のナレーション、ビックリドッキリメカの登場、そして極めつけ「ブタもおだてりゃ木に登る。ぷー」…。

昔のヒット作品のリメイクに際し、やたらとアレンジを加えたがるのが最近の主流ですが、悪役3人トリオの声優や当時のテイストがそのまま復活していて最高に楽しめました。子供達よりも私の方が大喜びして、懐かしさ・うれしさで大はしゃぎ、最後には感動すら覚えました。

子供達はまだこの「偉大なるマンネリ」の面白さが理解できないようでしたが、回が進むにつれハマッっていくことは間違いないでしょう。

状況説明的な前半戦は第1回目ということでしょうがありませんが、次週からはあのヤッターマンワールドが全開されていくことになりそうです(途中2回のCM挿入はちょっと不満でしたが…)。来週の「たこ焼き」をめぐる戦いも面白そうです。

…こうなったら同じタツノコプロ製作の「一発貫太くん」も復活してくれないかな~。(「そうだっち。」の貫太君とヤッターマン1号は声優さんが同じだったと思うんですけれど。)

ということで、当ブログも次記事からは元の形で復活したいと思います。

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寒くてたまりません!

昨日の草野球に引き続き、今日は長男の少年野球チームの練習に今年初出席しました。

あまりの寒さに、ユニホームではなく防寒対策をして暖かい格好で出席してくださいとの連絡網が朝まわってきました。ということで私は、下は股引に防寒用パンツ、上はTシャツにハイネックのアンダーシャツ×2枚にナイロンのピッチングコート、更にハーフジッパーのグラウンドジャケット、草野球チームのグラウンドコートという完全防備で練習に参加しました。

まるで芸能人運動会でアイドルがよく着ていた相撲取りの肉襦袢のようなモコモコの格好でした。

寒くて身体が動かないのか、着すぎで身体が動かないのかどちらか判断がつきかねる状況で、マメ球児と一緒にブルブル震えながら練習してきました(たぶん運動不足で身体が動かないのが正解)。

いやあ、やはり厳冬期の1月ですね。深深と寒さが身にしみる一日でした。

早く暖かくなって、思いっきり身体を動かしたいですね。

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「チョ~気持ちいいっ!」

草野球の今年初試合がありました。

昨日の雨の影響でグラウンドコンディションが心配されましたが、降雨量が多くなかったようでいいお湿りになったようです。

寒かった…。久しぶりに底冷えするような寒さでした。

がしか~し、3ヶ月ぶりに野球ができる喜びに満ち溢れた燃えるオヤジ達は、雨こそふらなかったものの薄い雲で覆われた空と木々が揺れる北風、体感温度はほとんど0℃といった条件をものともせず、熱いプレーを繰り広げることとなりました。

実戦から遠ざり調子が上がらないエースO田君が迎えた再三のピンチを、野手陣が的確な好判断で本塁を死守したり、レフトオーバーの大飛球も左→三→捕と中継しバッターランナーを本塁手前で刺殺したりと、「何かが乗り移ったような」華麗(?)な守備で切り抜け、相手に得点を許しません。

一方攻撃陣は相手エースの切れのある速球と鋭い変化球に、ほとんどチャンスらしいチャンスを作ることも出来ず、0-0のまま試合は終盤へ。

5回表、今日47歳の誕生日を迎えたチーム最年長のH口さんが目の覚めるようなセンターオーバーの2塁打を放ち、四球で出塁していた走者(←私です)を迎え入れついに先制(1-0)。続く‘The シーズンオフの男’S田君がタイムリーを放ち追加点。ワンチャンスにたたみ掛ける「何かが乗り移ったような」見事な攻撃で2-0とします。

そして6回裏から、本日初登場の秘密兵器・N沢さんが登板。これまた「何かが乗り移った」ような素晴らしいピッチングで相手の反撃をピシャリと封じます。チーム待望の「炎のストッパー」の誕生の瞬間でした。

しっかり守り少ないチャンスをモノにして接戦を制した試合内容は文句なし。3ヶ月まるっきりプレーしていない草野球オヤジ達とは思えないような完成度の高いプレー満載の充実した試合でした。まさに快勝です。

試合後の爽快感と充実感を一言で言い表すならば、

「チョ~気持ちいいっ!」(←北島康介さん風に)

といった感じでしょうか。

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大学ラグビー決勝・早慶決戦。

大学ラグビー決勝・39年ぶりの早慶対決は雨中の決戦となりました。14-14で引き分けた39年前決勝の決着をつけるべく塾蹴球部は健闘したものの、残念ながら早稲田に6-26で敗れました。

両校とも最悪のコンディションでミスが多かったものの、それでも塾は伝統の「魂のタックル」を存分に発揮し、出足鋭く早稲田の攻撃をことごとく早い段階で潰すことに成功し、前半は3-7と非常に拮抗した試合展開でした。

サイドが入れ替わり風上にたった早稲田が、キックで塾陣内深くまで攻め込むようになり、後半15分には塾22m付近のスクラムからNo8→SH→CTBとボールを展開し、トライ(ゴール成功)で3-14。

後半27分には早稲田がラインアウトからモールを形成、塾を約9kg上回るFWで押し込み3-19。

31分、塾もFB小田が2本目のPGを決め6-19とし反撃を開始。2T2Gで逆転という点差まで詰め寄ります。

その後めまぐるしくボールが動き、点差と風下という状況であることから自陣から果敢にボールを展開した塾でしたが、SOが痛恨のノックオン。こぼれたボールを早稲田に拾われ、そのままダメ押しのトライを奪われ万事休す(6-26)。

勝負事に「たら…、れば…」はありませんが、今季の塾蹴球部は素早く球を動かしてBK陣の突破力と展開力が持ち味だったので、このような悪条件は、FW戦で劣勢な塾にはちょっと厳しかったかなと思います(条件は早稲田も同じですが…)。パンパンの良馬場(?)でこの早慶決戦を戦わせてあげたかったなとちょっと残念でした。それでも早稲田の攻撃を潰した足元に突き刺さる伝統の「魂のタックル」は素晴らしかったです。

塾蹴球部の皆さんには、大学選手権2位校として2月23日(土)からのラグビー日本選手権大会での活躍を大いに期待しています。大学日本一の座は早稲田に譲っても、まだ真の日本一の座を狙えるチャンスがあります。気持ちを新たに頑張ってください!

早稲田大学の選手ならびに関係者の皆さん、2年ぶり14回目の優勝おめでとうございます。

「FWで崩し、BKで決める」の言葉通りの内容で早慶決戦を制した戦いぶりは見事でした。思う存分「荒ぶる」を歌ってください。

でも…

んあああぁぁぁぁ、悔しいよ~。

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早慶決戦・前夜。

気温7℃、北北東の風9m、天候は雨・降水量8mm/1h…。1月12日(土)14時10分の明治神宮外苑・国立競技場で予想されている気象条件です。

さあ、いよいよ大学ラグビー決勝「早慶決戦」前夜となりました。

若き血に燃える熱き猛虎たちよ、氷雨・寒風をぶき飛ばす魂のラグビーで早稲田を粉砕せよ。

そして記念すべき開塾150周年の幕開けを、陸の王者の復活を、皆で共に祝おうではないか!

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国際化する柔道をめぐる諸問題の原因。

柔道の話をもう一度だけ。

前記事(「JUDO」から「柔道」へ)を書いた後、少し柔道の歴史を勉強しまして、認識が改まったことや、ちょっと補筆というか書き足りなかったことを記したいと思います。

柔道は正式には「日本伝講道館柔道」といいます。明治15年(1882年)嘉納治五郎が、鎌倉幕府以来の武術であった武芸十八般の中の一つ・柔術に、自らの体験から教育的価値を見出して、100を超える流派を整理体系化し「柔道」と名づけ講道館を創設しました。いわゆる講道館柔道の始まりです。

嘉納は、修身法・錬体法・勝負法としての修行面に加えて、人間教育の手段として柔道を位置づけました。「精力善用」「自他共栄」を基本理念に掲げ、単に勝利至上主義を目指すのではなく、精神鍛錬という側面も重要な目的であるとしました。生死をかけた「武術」を、知徳・徳育・体育を教え込む人間教育の手段として武道という形に変容させまとめ上げたといえるでしょう。

その際、柔道に体育としての「勝負法」を設けたこと、すなわち競技性を持たせたことがその大きな特徴であるといえます。1900年講道館柔道乱捕試合審判規定が制定され、柔道の競技的側面は確立していきます。

一方、嘉納が柔道の精神鍛錬という側面をいかに重要としていたかを物語るエピソードがあります。

嘉納は日本体育協会初代会長・IOC委員を務め、日本のスポーツ普及に尽力しました。幻となった東京五輪(1940年)の招致にも成功しています。そして自ら創始した柔道も日本だけにとどまらず、世界に広めようと試みます。しかし海外に派遣した指導者の語学力不足で、柔道の精神鍛錬の重要性を外国人に理解してもらうことができず、競技的側面ばかりが取り上げられ正しい柔道を伝えられないという問題に直面し、海外への指導者派遣を取りやめにし、世界への柔道普及を断念したということがありました。「柔道の道に深い理解のある人があるようにしたい」という嘉納の言葉からも、そのことが伺えます。

昭和20年(1945年)の敗戦が柔道の進む方向性に大きな影響を与えることになりました。GHQ占領政策の下、精神鍛錬の重要性を掲げる柔道は、軍国教育を助長させたとして学校教育の現場での指導禁止を命じられてしまうのです。嘉納が目指した人間教育の手段としての柔道が、肝心な教育現場から追放されてしまったのです。

文部省はGHQとの折衝を重ね、昭和25年(1950年)に学校教育での柔道指導を認めさせますが、精神鍛錬という側面の色合いを限りなく薄めた「競技性に大きく偏った柔道」に変容した形で復活を余儀なくされます。

皮肉なことに、この変容が柔道の普及に大いに貢献することとなります。元来の魅力的な競技性を持つ柔道は、分かりにくい精神論や教育的価値といった側面を排除することで誰でも楽しめる競技スポーツとして一気に普及することとなり、1964年の東京五輪で正式採用されたこともあり、世界でも人気のある「スポーツ」として認められるようになります。

嘉納が目指した柔道の国際的な普及は実現しましたが、その内容は嘉納の創始した講道館柔道とは、大きくかけ離れたものであったといえましょう。

昭和23年(1948年)7月・ロンドンで欧州柔道連盟が結成され、3年後の昭和26年(1951年)に国際柔道連盟に改称されました。敗戦国の日本における統括柔道組織であった全日本柔道連盟は、サンフランシスコ講和条約締結(1951年)の翌年1952年12月にこの国際柔道連盟への加盟が承認されました。敗戦国とはいえ日本で生み出された柔道なのに、その日本が国際柔道連盟発足時にそのメンバーに名を連ねていない事実は見逃せません。

国際柔道連盟の規約第1条には「IJFは嘉納治五郎により創設されたものを柔道と認める。」と明記されています。嘉納治五郎が創設した柔道とは、すなわち講道館柔道です。競技性だけでなく、精神鍛錬をも含めた人間教育をも目的とした講道館柔道が、柔道なのです。

連盟発足当初、競技性に大きく偏ったスポーツとしての柔道が世界に伝播し普及しはじめていたこと、柔道発祥国である日本が発足メンバーにいなかったこと、この2点をふまえても、国際柔道連盟が嘉納治五郎によって創設された柔道、いや講道館柔道を正しく理解していたかとなると疑問符がつきます。

連盟発足時から現在に至るまで、柔道が国際化すればするほど国際柔道連盟と日本柔道の間で摩擦が生じるようになりました。共に柔道の普及と発展を目指す志が同じなのになぜなのででしょう。

「嘉納の創設したものを柔道と認める」としておきながら、柔道が持つ競技性のみを取り上げ変革し、本来多面的な要素を持つ柔道のそれ以外の側面を軽視というか理解しようとしない国際柔道連盟と、講道館柔道に固執するばかりで、時代の要望にあった必要と思われる変革までも否定し続ける日本柔道の、相互不理解が現在の国際化された柔道で生じている摩擦の大きな原因であると思います。

柔道が国際化されて競技人口も増えました。試合での誤審防止や対戦している選手の区別のために必要なカラー柔道着導入に対する日本柔道の抵抗は全く意味がないものでした。逆に今検討されている「技あり」の廃止(「効果」は1976年のモントリオール五輪で導入されたポイントなので構わないと思いますが…)は、嘉納が創始し確立した柔道の勝負法に基づいて制定された試合審判規定を否定するもので、国際柔道連盟が明らかに無理解、横暴であると思います。

今後世界において柔道がますます発展し愛される競技となる為には、国際柔道連盟には嘉納が創始した柔道(講道館柔道)の多面的側面への理解を一層深める努力を、日本柔道には講道館柔道の本質をきっちり継承し守りながら、国際化に対応した必要な変革を容認していく努力を、そして双方が互いの立場を尊重し一層の理解を深める努力をしていかなければならないと思います。

長々とすいませんでした。

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「先生」の生まれた日。

築地鉄砲洲にあった江戸・中津藩中屋敷で、住み込みで蘭学を教えていた福沢諭吉が1858年に開いた「一小家塾」という蘭学塾が、慶応義塾の始まりとされています。

そこから福沢諭吉の「実学」の教えは、慶応義塾と共に塾員・塾生の間に脈々と受け継がれ、2008年の今年、開塾150周年という記念すべき節目の年を迎えることとなりました。

そして今日、1月10日は慶応義塾でただ一人の「先生」である福沢諭吉生誕の日であります。1835年1月10日のことです。

塾高野球部・上田誠監督が、野球部員に向けたこの冬休みの推薦図書10冊の第1番目に、福沢諭吉の著した「学問ノススメ」を挙げ、

『ビックリするくらい新鮮!この本には抽象論は一つもない。現在および未来への実践的提言である。福沢‘実学’に勝る人生勉強はない』

と評していて、2年生部員必読書としています。

(『 』内、塾高野球部HPの M’s Talk より引用させていただきました。)

福沢先生生誕の今日、久しぶりに「学問ノススメ」を読んでみようかな…。(確か、屋根裏部屋の本棚で埃をかぶっていた筈…。)

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慶応勢センバツでの戦績を振り返る。その2

1937年(昭和12年)の第14回選抜中等学校野球大会(出場20校)に出場したのは、慶応商工でありました。慶応義塾勢としても、慶応商工自身としても2度目の選抜出場です。

この14回大会から出場校に選抜旗が贈呈されるようになり、入場式にはこの選抜旗を掲げて行進を行なうスタイルとなりました。

さて慶応商工は2回戦から登場し、いきなり愛知の強豪・中京商と対戦することとなります。

2回戦

 慶応商工 000 000 000   0

 中京商業 100 003 00×   4

中京商の好投手・野口二郎に僅か2安打に抑えられ、14三振を奪われた商工は完敗。商工・白木義一郎投手の奮闘むなしく初戦敗退となり、慶応勢センバツ初白星ならず。

好投手・野口二郎擁する中京商は、この14回大会で準優勝、同年の選手権大会で川上哲治擁する熊本工を下し優勝、翌年の15回選抜大会で優勝という、夏・春連覇という偉業を達成し、当時向かうところ敵なしの強さを誇っていました。野口投手は卒業後、法政大学に進み(中退)、プロ野球でも237勝を挙げた名投手です。

その中京商に善戦むなしく敗れた慶応商工でしたが、こちらも白木義一郎投手を中心に非常にまとまりのあるかなりの力量を持っていました。そのことは、この年の選手権大会2回戦での慶応商工と中京商の再戦の試合内容(白木VS野口が見事な投手戦を繰り広げたものの、延長11回の末1-2×で惜敗している)からも明白です。

選抜・選手権ともに大会序盤での対戦は勿体無かったというか、クジ運がなかったというか…。

慶応商工・白木義一郎投手は慶大に進学、1941年戦争に応召されるまでに通算27試合登板10勝2敗の成績を収めています。帰還後プロ野球でも活躍し(1946~52)通算97勝という成績を残しました。そして現役を退いた後はプロ野球OBとして初の国会議員となり政界でも活躍されました。公明党の創立時のメンバーにも名を連ねています。

ということで、今大会でもセンバツでの初白星が挙げられませんでした。

次回は1947年(昭和22年)の第19回大会を振り返りたいと思います。

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慶応勢センバツでの戦績を振り返る。その1

昨秋の関東大会準優勝で、塾高のセンバツ出場はほぼ当確といわれていますが、やはり1月25日の選考委員会で出場校が確定するまではドキドキしてしまいますね。

今から興奮してとても待ちきれそうもありませんが、ただ待っているのもつまらないので、塾高センバツ出場前祝の意味もこめて、現在に至るまでの選抜大会における慶応(前身の普通部、商工・二高を含めて)の戦績を振り返ってみたいと思います。

慶応義塾勢がセンバツに初出場したのは、1929年(昭和4年)に行われた第6回大会です。

この第6回選抜中等学校野球大会は出場16校、阪神甲子園球場で3月30日に開幕しました。この大会から、プラカードを掲げての入場行進、試合終了後の校歌の演奏と校旗掲揚が始まりました。またアルプススタンドも新設され、現在の大会の原風景が形作られた大会といえそうです。

さてこの大会でセンバツ出場を果たしたのは、第2回選手権大会優勝校の普通部ではなく、慶応商工でした。

その慶応商工は、1回戦で広島・広陵中と対戦します。

1回戦

 慶応商工 000 000 006    6

 広   陵 300 041 50×   13

慶応商工の藤井・新妻両投手が与えた10個の四死球に8個の失策、11安打を絡めて13点を奪った広陵打線が、最終回の商工の猛攻を凌ぎきり13-6で快勝しました。残念ながら慶応商工は慶応勢センバツ初勝利を飾ることはできませんでした。なお、慶応商工を敗った広陵中は、この大会で準優勝しています。

余談ですが、この1929年の選手権大会にも慶応商工は東京代表で出場しています。この時の東京大会の決勝(代表決定戦)は、なんと慶応普通部との「慶慶戦」でした。商工は普通部を8-4で下し、見事選手権出場を果たしたのでした。

ということで、次回は慶応義塾勢が2度目のセンバツ出場を果たした、1937年の第14回大会を取り上げたいと思います。

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また雨予報…。

年末から続いた好天もいよいよ息切れ、週間天気予報では今週末には崩れるとのこと。

あぁ、なんていうことだ~。今度の日曜日は、我が草野球チームの08年新春第1戦が組まれているというのに…。

11月・12月とたて続けに雨天中止となっているだけに「何としてでも野球をしたい!」と思うのですが、年明け一発目もいきなりの雨予報ということで、天気の神様の意地悪が今年も続きそうな気配です。

こうなったら思い切って、東京ドームでやりますか!

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みかんのすきなところ。

食いしん坊の次男(3歳1ヶ月)は「みかん」が大好きで、気がつくと私の分まで一人で剥いてムシャムシャと食べてしまう。

私 「みかん、好き?」

次 「だ~いすき。」

私 「甘いから好きなの?」

次 「おれんじくて(オレンジ色で)、しわしわで、ま~るいとこがいいかんじなんだよね~。」

私 「…そ、そうなの。」

我が家の「腹ペコ戦隊・タベルンジャー」は、意外と芸術家だったりして…。

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「JUDO」から「柔道」へ。

国際柔道連盟が「技あり」と「効果」を廃止する方向で検討を進めているというニュースを知った時は、幼少期柔道を習っていた私にとってかなりの衝撃であった。

柔道から「技あり」がなくなる?!。それって柔道なのか?

廃止が検討されている理由は、欧州の委員の間から「判定の基準があいまいで分かりにくい」という意見が出ている為だ。昨年、山下泰裕氏が落選し国際柔道連盟理事には日本人が一人もいない。この状況を踏まえると「技あり」「効果」廃止は、今後規定路線として議論が進んでいくことは必至である。

カラー柔道着の導入、ポイント稼ぎに終始しそれを先行するとまともに組まず逃げの一手に回る選手、勝利に固執するあまり死に体にもかかわらず受身ではなく技を繰り出す選手、国際審判の未熟さからくる不可解な判定、そしてその判定基準の簡略化だけを目指した「技あり」「効果」の廃止(特に「技あり」の廃止)…世界の柔道はもはや柔道ではない別のスポーツ、「JUDO」になってしまった。柔道が持つ競技的性質「技」「体」ばかりが取り上げられ追求され、一番大事な「心」がバッサリと切り捨てられてしまったのだ。

柔道の「礼を重んじ、己を律し鍛錬修養し、心・技・体を極める」という本質をまったく理解していない委員たちに舵取りが委ねられている現在の「JUDO」は、今後ますます柔道とかけ離れていくであろう。

「技あり」とは、「一本には満たないが相当の投げ技、固め技を決めた時の呼称」である。「技あり」は単に「一本」と「有効」の間の”ポイント”ではなく、柔道が歩んできた長い歴史の中で、心・技・体を鍛錬修養してきた選手たちから繰り出される技への”正当な評価”なのである。

ゆえに「技あり」を、単に「一本」に次ぐ2番目のポイントとしてしか理解いていないような者に、柔道の審判など務まるわけないのである。己の技を裁く技量の未熟さを棚にあげ、判定基準が分かりにくいからルール自体を変更しようと画策するのは、本末転倒はなはだしい行為であると思うのは私だけであろうか。

極論を言う。もし仮に一発で勝負を決める「一本」と、ポイントとして加算される「有効」だけの「JUDO」となってしまったならば、一発で勝負を決める「フォール」と有効な手数で加算される「ポイント」で競われるレスリングと一体何が違うのというのであろうか。これこそ柔道の本質がまったく無視されたスポーツ、「JUDO」の近い未来の姿であろう。

日本柔道も大きな岐路に直面している。

日本柔道の情や潔さという「心」を逆手に取り、「JUDO」の勝利至上主義的姑息な技がそれを土足で踏みにじるようになり、世界大会で満足な成績が残せなくなってきているという現実がある。

また真の柔道を極めようとしている選手の中には、異種目となってしまった「JUDO」で金を獲得するよりも、全日本柔道選手権優勝に価値を見出している者も少なくないのではないだろうか。

そう考える者が多ければ、もはや柔道とは似て非なる「JUDO」を追求する国際柔道連盟を見限り、日本国内のみで柔道の持つ真の姿を追求していくのもよいではないか。また柔道の持つ本質を極めていく国際的新連盟を立ち上げるという選択もよかろう。

ただ、私は期待したい。

現在の改ざんされた「JUDO」を甘んじて受け入れ、世界の大会に挑み続けることを。しかしその屈辱的な環境においても「JUDO」に決して迎合せず、「礼を重んじ、己を律し鍛錬修養し、心・技・体を極める」という日本柔道の本質をただひたすらに追い求めていくことを。

…そしてその上で近い将来、世界の「JUDO」において日本柔道が他を寄せ付けない圧倒的な強さを示すことを。

その時こそ「柔道」の本質が見直され、切り捨てられてしまった最も大切な「心」の鍛錬の重要性を、世界の柔道関係者が再認識する契機となるであろう。

今年8月、北京五輪が開催される。もちろん「JUDO」も行われる。心・技・体を極める日本柔道を、世界に再認識させる大会となることを心から期待したい。

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2012.8.4追記

この記事を書いたのは4年前のことです。書いた直後、「あまりにも感情的になって書きすぎた」と反省いたしました。3日後に気を落ち着かせてから改めて書いた記事がありますので、もしよろしければご覧ください。

http://m-supo.cocolog-nifty.com/blog/2008/01/post_4e2f.html

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4度目の正直。~高校ラグビー決勝~

東福岡対伏見工というAシード校同士の対決となった注目の高校ラグビー大会決勝が今日行なわれました。

81回大会決勝では、大阪・啓光学園に17-50、82回大会決勝では同じく啓光に20-26、そして昨年の86回大会決勝では5-19と、あと一歩のところで涙を飲んできた東福岡が追い上げる伏見工の攻撃を凌ぎきり、息詰まる接戦を12-7で制して4度目の正直で悲願の初優勝を果たしました。ナイスゲームでした。

東福岡の皆さん、優勝おめでとうございます。

また、あと一歩反撃が及ばなかったものの、伏見工も名門らしくよく鍛えられたきびきびした素晴らしいプレーの連続で見事な追い上げでした。伏見工の皆さんの健闘も讃えたいと思います。

伏見工の皆さん、準優勝おめでとうございます。

近畿勢優勢の昨今、九州勢の優勝は昭和50年の第54回大会で大分舞鶴が優勝して以来の快挙です。福岡県代表校の優勝は更にさかのぼること6年、47回(昭和43年)の福岡電波以来40年ぶり通算5回目となります(他に24回(昭和17年)・26回(昭和22年)の福岡中、33回(昭和29年)の福岡高が優勝)。近年充実著しい東福岡が決勝の壁をとうとう打ち破り、東福岡時代の幕開けの予感を漂わせて、第87回高校ラグビー大会は閉幕しました。

高校ラガーメンの皆さん、熱き戦いをありがとう!

そして…3年生部員の皆さんは受験頑張ってください!(これが一番の強敵かも知れません)

野球のブログでありながら、最近全く野球の話題を取り上げていません。ちょっと反省しておりますが、早慶決戦となった大学ラグビー決勝までは野球以外の話題が中心になってしまいそうです。

どうかお許しを…。

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箱根体感。

ただいま箱根から戻ってきました。

子供達は併設されている温泉テーマパークを満喫し、私は年末から続いた体調不良の身体をゆっくり療養してきました。

さあ、明日からは本格的始動です。頑張っていきましょう!

~箱根旅行雑記~

箱根湯本駅から箱根登山鉄道を利用、急勾配の為3回のスイッチバックを経た後、小涌谷駅に到着。小涌園までの約20分「天下の険」箱根路を徒歩で体験しました。鬱蒼とした木々の狭間をうねるように上り続ける国道1号線の急坂は、歩くだけでも息が切れました。この同じ路を、僅か2日前には一本の襷と共に託された熱い思い受け継いだ20人の若者が必死に駆け上がっていき、僅か1日前、駆け下りていったことを思い出しました。

「夏草や 兵(つわもの)どもが 夢の跡」

芭蕉の句をぼんやりと思い出し、熱く高ぶった胸中を鎮めながら、先を歩いていく家族の後を追いました。

帰路、登山バスにて。車窓からも箱根山中の国道1号線の急坂を改めて痛感しました。特に小涌谷~蛇骨橋~宮の下~富士屋ホテルまでの下り勾配は、ある意味恐怖感をも覚えました。「こんな路を僅か1時間くらいで駆け上り駆け下りるなんて、正気の人間のすることじゃない」と。

正気の沙汰ではとても考えられないこの箱根往復駅伝が、なぜ84回も繰り返し行われ、なぜ多くの人々を魅了し、なぜ人々は挑んでいくのでしょう。

「そこに、箱根があるからだ。」

ありきたりの答えかもしれませんが、これしか思いつきません。TV画面からでも十分実感できましたが、箱根路の過酷さを身をもって体験できて本当に良かったと思います。

6日、箱根湯本駅で購入したスポーツ新聞には高校ラグビー準決勝の結果が。「桐蔭は負けてしまったか。東福岡は去年のリベンジだな。伏見工は2年ぶりの決勝か…。」    

             

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いってきます。

体調もなんとか回復しました。

今日から2泊の予定で家族で温泉旅行に行って来ます。

心配をかけた分、しっかりサービスしてきたいと思います。

それでは…。(6日夜または7日まで、ちょっと更新はお休みです。)

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高校ラグビー準々決勝。

高校ラグビー準々決勝が行われ、ノーシードで勝ち上がった長崎北陽台、Aシードの桐蔭学園・東福岡・伏見工の3校、計4校が勝ちあがりました。

いずれの試合も接戦となり、手に汗握るとても見応えのある試合となったようです。個人的に注目していた桐蔭学園と流経大柏の一戦は、僅か4点差で桐蔭が勝ち上がりました。ノーシードながら勢いに乗る尾道も、善戦したものの伏見工の壁は厚かったようです。同じくノーシードの長崎北陽台は、強豪天理を接戦で下し、13年ぶりの4強入りを果たしました。

試合結果は次の通りです。

桐蔭学園19-15流経大柏、長崎北陽台14-10天理、東福岡24-17佐賀工、伏見工26-15尾道。

この結果、準決勝の組合せは次の通りになりました。

桐蔭学園-東福岡、伏見工-長崎北陽台。

非常に興味深い対戦カードとなりました。東の横綱・桐蔭と昨年準優勝・東福岡のがっぷり四つの戦い。勢いに乗る長崎北陽台が強豪・伏見工にどう挑むのか。

個人的には桐蔭と伏見工が勝ちあがり、2年前の決勝を再現してもらい、前回準優勝に甘んじた桐蔭のリベンジ劇を是非見てみたいと思いますが…。

さあ、高校ラグビーもいよいよ大詰めです。

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箱根駅伝 総評。

優勝候補に挙げられていた東海は、7区で佐藤が区間新記録の快走をみせ3位まで順位を押し上げたが、最終10区のゴール目前でまさかの棄権となってしまった。優勝争いから脱落していたものの、シード権獲得がほぼ確実だっただけに残念な結果となってしまった。

今大会では前年優勝の順天堂が往路ゴール500m手前で、大東大が復路9区でそれぞれ棄権しており、史上初めて3校棄権という、大混戦・高速決着といわれた今回の箱根駅伝の過酷さを象徴するような厳しい結果となった。襷に託された熱き思いを次に引き継げず棄権せざろうえなかった選手達の、無念さ・悔しさ・自責の念は想像を絶するものであろう。

勝負事の非情さ・残酷さを目の当たりにした瞬間であった。

それゆえ過酷な箱根を制した駒沢、名門復活の兆しが見えた2位早稲田、予選会から勝ち上がってきた3位中央学院、そして4位に入った学連選抜、シード権を獲得した各大学の健闘は大いに称えられよう。

駒沢大学、総合優勝おめでとう。

最後に。

東京・箱根間、箱根・東京間を、一本の襷と共にチーム全員の熱い思いを引き継いで走った選手、応援・サポートに回った選手、見事に完走を果たした大学の関係者はすべて、過酷な試練を課した「箱根駅伝」を克服することに成功した「勝者」であると思う。

来年はこの過酷な試練に挑むすべての大学が、「勝者」とならんことを願わずにいられない。

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2008年のスタートは…。

2007年大晦日、紅白で小林幸子のド派手なステージが終わったその瞬間、突然私のお腹の中でド派手なお祭りが始まりました。そのお祭りは、年越しのTV番組での大騒ぎと見事にリンクし大盛り上がりのまま2008年に突入することとなりました。

年越しを便所の中で過ごした私は、その窓越しに初日の出を拝み、38度3分の発熱と頭痛・悪寒・腹痛でうなされながら新年を迎えたのでした。当然年始の挨拶回りの予定はすべてキャンセル。おせちも餅も雑煮もお酒も無し、初詣にも行けずただひたすら養生するばかり…。挨拶回り(実家に泊まりで)に出かけて誰もいなくなった家に一人取り残され、なんとも寂しい元旦を過ごしました。

2日になり、お腹のお祭りはほぼ終焉したものの微熱は相変わらず続き、布団の中でひたすら回復を願い養生…。テレビとPCだけが友達という悲惨な状況は続きました。

夕方実家への挨拶回りから家族が帰って来ました。

3歳の次男が枕元に来て、「おとうさんがはやくよくなるように、かみさまにおねがいしてきた。」といって病気平癒のお守りを差し出してくれたときには、涙が出るほど嬉しかったです。また長男が「おとっちゃん、おかゆができたよ」(←奥方がこう言うようにと指示したらしい)と夕飯を運んできてくれた時は思わず吹き出してしまいました。

4日から2泊で家族で温泉に行く予定です。早く治さないと、旅行もキャンセルになってしまいます。今日一日しっかり養生して、家族の為にも楽しい温泉旅行ができるようにしなければいけませんね。

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伝統の力。

ラグビー大学選手権準決勝第2試合は、早稲田が帝京に苦しみながらも12-5で競り勝ち決勝進出を決めた。

一方箱根駅伝往路においても、2区12位まで後退した早稲田が、3区でエース竹澤が5位まで押し上げ、最終5区の山登りでついに逆転し往路優勝を果たした。

昨年から続くスポーツ界の早稲田旋風は未だ衰えを知らないようだ。建学125年を迎えた2007年にあわせて、全学の力を結集して強化された体育会の努力の賜物だが、それだけが早稲田の強さの秘密ではないだろう。

競った時、ここぞという時に、「伝統」「格」のような目に見えない要因が相手に無言のプレッシャーを与えると同時に、勝負所で選手たちに加勢し、勝負の行方に大きく影響を及ぼすのだ。

今日行われた2つの競技を見ていて、その思いを非常に強く意識した。

ラグビー大学選手権決勝は、早稲田とそのライバルである慶応義塾との対戦となった。決勝での対戦は39年ぶりのことである。歴史と伝統で勝る慶応が、宿敵・早稲田と激突する早慶決戦は1月12日(土)国立競技場で行われる。

早稲田の伝統に唯一対抗できる永遠のライバル慶応の戦いぶりに注目したいと思う。

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塾蹴球部、慶明決戦を制す。

重戦車FWの明治か、魂のタックルの慶応か、注目のラグビー大学選手権準決勝が快晴の国立競技場で12時から行なわれた。

前半風上にたった黒黄のジャージ慶応は、開始早々から出足鋭く明治陣内に攻め込む。

前半6分、WTB山田の突進で明治ゴールライン付近まで切り込みポイントを作って左に展開、最後はCTB増田がトライ、FB小田のゴールも決まり塾が先制(K7-0M)。

続く18分、WTB山田が右サイドを突破し、内にパスを戻し、そこから左サイドへ展開し連続攻撃。外に流れた明治ディフェンスの隙を突きWTB出雲が内に切り込み中央にトライ、小田のゴールも決まり明治を突き放す(K14-0M)。

一方の明治は自慢のFW戦を仕掛ける。22分すぎから始まった、平均体重で7kg重い明治FWの執拗なスクラム選択により塾はゴールライン付近で釘付けとなる。必死に絶える塾FW陣だが28分ついに認定トライを奪われる(K14-7M)。

31分、左サイドを突破したFB小田から右に展開、これまでチャンスメイクをしてきたWTB山田が本来のポイントゲッターとしての役目をしっかり果たしゴール右隅にトライ。ゴールも決まり明治の反撃ムードを一掃する(K21-7M)。

更に38分、明治22mライン付近からのモールから左に展開、BK陣がつなぎ最後はフランカー山崎がとどめのトライ、ゴールも決まり明治を突き放して前半終了(K28-10M)。バックスの展開力が持ち味の今年のチームの特徴を十分に発揮した見事な前半の戦いぶりだった。

しかし後半になり、明治も黙ってはいない。

明治の重戦車FW攻撃で受け続けたプレッシャーがカウンターのように効きはじめ、後半12分にスクラムトライ(ゴール成功)を奪われると一気に試合の流れが明治に傾いていく。何とかPGで追加点を奪うものの、後半29分・後半38分にラインアウトからモールで押し込まれ連続トライを許してしまう。

ロスタイムは3分、スコアは34-27の僅か1T1G差。しかもこれを奪われるとトライ数で上回る明治が決勝進出となってしまう危機。この危機を跳ね返したのが、塾伝統の「魂のタックル」だった。ラストワンプレーでゲームを切れない明治の波状攻撃をその「魂のタックル」でことごとく潰し、最後は明治自らのミスを誘発しノーサイド。

その瞬間、塾蹴球部が明治との3度目の決戦で勝利を飾り、8年ぶりの選手権決勝へコマを進めることとなった。塾の大学選手権での対明治戦勝利は初めてのことだった。塾蹴球部全員が殊勲者だが、あえて今日の勝因をあげるとすればプレスキックをすべて成功させたFB小田であろう。

さあ、いよいよ決勝。相手はどこであろうと「魂のラグビー」で、開塾150周年の2008年のスタートを「優勝」で飾ろうではないか!

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箱根駅伝 2区の攻防。

第84回東京箱根間往復大学駅伝競走第2区、鶴見中継所から戸塚中継所までの23.2km。中盤まで比較的平坦だが、終盤は権田坂上りから始まるアップダウンのきつい区間である。競走全体の流れと駆け引き、主導権を奪う為の鍵を握る重要な区間で、各大学とも主戦級の選手をこの2区に配置する。「華の2区」といわれる所以である。

今年もこの2区での攻防は凄かった。

第1区は20km過ぎまで10大学が先頭集団となり、各大学ともどこで仕掛けるか、ラストスパートの勝負となっていた。残り1kmで東洋が仕掛けたが、城西が残り300mでその東洋を捕らえ、初の区間1位で鶴見を通過した。2位駒沢・3位早稲田・4位東洋・5位中央…と次々に鶴見になだれ込み、15位までのタイム差が僅か34秒という大混戦のまま、各校エースに襷が引き継がれた。初優勝を狙う東海は16位、伝統の日大は19位、昨年総合優勝の順天堂は1分51秒差でまさかの最下位通過であった。

エース対決の2区は、駒沢・早稲田・城西の3大学が1.5km付近まで先頭集団を築いていたが、鶴見7位通過の山梨学院・モグスがハイペースで追走、2.4km付近で集団に追いつくと、並ぶ間もなくこれを抜き去り6人抜きで単独先頭に踊りでた。モグスは2.6km付近から先頭に立つと、一人だけエンジンの違いを見せつけそのまま後続をぐんぐん引き離し、1時間6分23秒の区間新記録を達成し3区に襷を繋いだ。過去の悪夢を払拭する快走であった。

鶴見16位通過の東海・エース伊達は快ピッチを刻み、前を行く大学を一つまた一つと抜き去り、17km地点では13人抜きの3位まで順位を押し上げた。中盤での駒沢・宇賀地とのせめぎ合いは、意地とプライドのぶつかり合いとなり見応えのある3位争いであった。

その駒沢を抜いて戸塚4位通過したのは、1区19位の日大であった。1分18秒差で襷を引き継いだ2区走者ダニエルは、箱根史上タイ記録となる15人抜きの快走、3位東海に手が届く位置まで追い上げた。長いストライドでぐんぐん伸びるその走る姿は、一人異次元の走りを見るようであった。

並み居る伝統校を抑え2区2位となったのは、中央学院・木原であった。9位で襷を受け継いだ木原は序盤に順位を2位まで上げた。はるか先を行き視界に捕らえる事の出来ない山学・モズクと、後方から迫り来る伝統校のエース達の追い上げてくるプレッシャーを感じながら、目に見えない敵と戦いながら自分の走りを守り3区へと襷を繋いだのである。孤独と己に打ち勝った素晴らしい走りだった。

2区通過順位は、1位山梨学院・2位中央学院・3位東海・4位日大・5位駒沢となっている。

現在各大学は3区を激走中であるが、中央・上野、早稲田・竹澤ら実力選手が続々控えており目が離せない。しかしながら飛びぬけた実力選手がいるからといって必ず優勝できるかといえば、そうでないのが駅伝競走の魅力なのかもしれない。一人一人の伝統の襷にこめた思いや願いが引き継がれることによって、その力は何倍にもなるからである。

過酷な個の戦いである競走に襷を繋ぐという要素が加わり、団体競技のような一体感をも持ち合わせる「駅伝」。襷とともに熱い思いを受け継いでいくその姿に、人々は感動し、魅了されるのかもしれない。

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高校ラグビー3回戦。

高校ラグビー3回戦8試合が行われ、ベスト8が出揃いました。

現校名として最後の大会に臨んでいた「大工大」は、千葉・流通経済大柏に17-30で敗れました。大阪朝鮮も東福岡に敗れた為、大阪勢は3回戦までにすべて姿を消しました。前年優勝校・東海大仰星を下し波に乗る尾道は、盛岡工を下し8強入り。茗渓学園と佐賀工は10-10の引分け、抽選により佐賀工が準々決勝に進出しました。九州勢対決となった長崎北陽台と大分舞鶴は長崎北陽台が競り勝ち、伝統校同士の対戦となった国学院久我山対天理は、天理が快勝しました。

試合結果は次の通りです。

東福岡80-7大阪朝鮮、尾道20-14盛岡工、長崎北陽台15-5大分舞鶴、天理25-0国学院久我山、桐蔭学園31-5日本航空二、流経大柏30-17大工大、佐賀工10-10茗渓学園、伏見工26-15青森北。

1月3日の準々決勝の組合せは次の通りです。

流経大柏-桐蔭学園、長崎北陽台-天理、東福岡-佐賀工、伏見工-尾道。

どのカードも注目ですね。個人的には勢いに乗る尾道と強豪・伏見工の一戦がとても楽しみです。高校ラグビーもいよいよベスト8、盛り上がってきましたね。

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あけましておめでとうございます。

あけましておめでとうございます。

…ということで、2008年の幕が明けました。

今年は、北京五輪という一大イベントが8月に控えています。スポーツ界は昨年にもまして盛り上がること必至でしょう。

また開塾150周年を迎え、今春センバツ出場濃厚な塾高野球部の動向や、昨年覇権をライバル早稲田に奪われた塾野球部の巻き返しがなるか…等々、今年も熱い一年になりそうです。

一方で昨年は、西武ライオンズの裏金問題、高校野球の特待生問題、大相撲の集団暴行、有名選手の禁止薬物使用疑惑、関東学院大学ラグビー部員の大麻所持等々、スポーツ界を揺るがす不祥事や問題が数多く発生して大変残念な年でもありました。

スポーツ界は、本来持つ素晴らしいフェア精神がないがしろにされ、手段を選ばない技・力・勝利のみの追求、それに伴い発生する金銭をめぐるゴタゴタという、利己的商業主義的方向に大きく傾きつつある非常に危機的状況にあると思います。

2008年のスポーツ界は、今こそ原点回帰し「スポーツマンシップとは何か?」を再確認しなければならないと思います。

「宣誓。我々選手一堂は、スポーツマンシップにのっとり、正々堂々一生懸命戦い抜くことを誓います。」

使い古された文言ですが、この文言こそ、2008年のスポーツ界の最も大切で非常に重要なキーワードとなるのではないでしょうか?

ということで、今年も「Mスポ」よろしくお願いいたします。

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