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慶応勢センバツでの戦績を振り返る。その1

昨秋の関東大会準優勝で、塾高のセンバツ出場はほぼ当確といわれていますが、やはり1月25日の選考委員会で出場校が確定するまではドキドキしてしまいますね。

今から興奮してとても待ちきれそうもありませんが、ただ待っているのもつまらないので、塾高センバツ出場前祝の意味もこめて、現在に至るまでの選抜大会における慶応(前身の普通部、商工・二高を含めて)の戦績を振り返ってみたいと思います。

慶応義塾勢がセンバツに初出場したのは、1929年(昭和4年)に行われた第6回大会です。

この第6回選抜中等学校野球大会は出場16校、阪神甲子園球場で3月30日に開幕しました。この大会から、プラカードを掲げての入場行進、試合終了後の校歌の演奏と校旗掲揚が始まりました。またアルプススタンドも新設され、現在の大会の原風景が形作られた大会といえそうです。

さてこの大会でセンバツ出場を果たしたのは、第2回選手権大会優勝校の普通部ではなく、慶応商工でした。

その慶応商工は、1回戦で広島・広陵中と対戦します。

1回戦

 慶応商工 000 000 006    6

 広   陵 300 041 50×   13

慶応商工の藤井・新妻両投手が与えた10個の四死球に8個の失策、11安打を絡めて13点を奪った広陵打線が、最終回の商工の猛攻を凌ぎきり13-6で快勝しました。残念ながら慶応商工は慶応勢センバツ初勝利を飾ることはできませんでした。なお、慶応商工を敗った広陵中は、この大会で準優勝しています。

余談ですが、この1929年の選手権大会にも慶応商工は東京代表で出場しています。この時の東京大会の決勝(代表決定戦)は、なんと慶応普通部との「慶慶戦」でした。商工は普通部を8-4で下し、見事選手権出場を果たしたのでした。

ということで、次回は慶応義塾勢が2度目のセンバツ出場を果たした、1937年の第14回大会を取り上げたいと思います。

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