« 覇権奪回への足がかりとして。 | トップページ | あの名曲が遂にCD発売! »

少年野球を「教え学ぶ」。

3年前の塾高センバツベスト8メンバーの谷地俊太郎君が、塾野球部HP内の部員ブログ2月27日分で「教え学ぶ」という表題の記事を書いています。谷地君は今度学生コーチに就任するそうで、コーチは教えること以上に学ぶことが多いと気づいたという記述がありました。

教える者と学ぶ者という役割分担を明確に定めず、それぞれの分野で一日の長のある者が教えるという、互いに教え合い学び合うという「半学半教」という考え方があります。福沢諭吉の「いよいよ究めていよいよ遠し」という、学問は究めるほど奥が深く生涯学び続けなければならないという考え方もあり、慶應義塾(塾)ではこの「半学半教」の考え方が根付いています(塾では教員のことを「~君」と呼ぶのも、教員は自ら教え学ばなければならないという半学半教の考えを表している例といえるでしょう)。

そんなことを思い出しながら谷地君のブログを読んでいて、ハッと気づかされた事がありました。学問を野球に置き換えてみると…。

少年野球のコーチを引き受けて以来、野球の基本やルール・協調性やチームワーク等、自分がこれまでに学んできた事を教えなければと思って、今までマメ球児たちを指導してきました。でもそれは自分達の教わってきたやり方を単に彼らに押し付け、型にはめようとしててきただけではないのか、こうあるべきだという勝手な理想形へ導くためだけの指導になっていたのではないのか、という疑問が生じてきたのです。

自分は野球という分野で、ただ単にマメ球児達よりも一日の長がある者に過ぎない。彼らを指導すると同時に野球(特に少年野球)を更に深く探求し究めていく立場にいることを忘れてはいないだろうか。一方的に押し付けるのではなく、彼らからも多くを学び、互いに教え合い学び合いながら、一緒になって彼らにとって最もふさわしい少年野球のあり方や方向性を見つけ出していく努力をしていかなくてはならないのではないか。

具体的にいえば、彼らともっともっとコミュニケーションを密にとり、彼らがやりたいと思っている野球像を明確にしてあげること。その上で自分の野球経験から教えられることは教え、足らない部分はチーム全員でアイデアを出し合ったり、練習マニュアル等を参考にしたり、練習内容を創意工夫していくことこそが大事なのではないのか、と気づかされました。

マメ球児たちは、決して自分達のコピーではないこと。そしていかなる時も「マメ球児たちの、マメ球児たちによる、マメ球児たちのための野球」であること。マメ球児達とともに少年野球を学び成長していこうとする謙虚で貪欲な姿勢。少年野球指導初心者の自分に、忘れてはならない心得を提示してくれた谷地君のブログでした。

谷地君、大事なことに気づかせてくれてどうもありがとう。

|
|

« 覇権奪回への足がかりとして。 | トップページ | あの名曲が遂にCD発売! »

少年野球」カテゴリの記事

野球」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/195391/10793221

この記事へのトラックバック一覧です: 少年野球を「教え学ぶ」。:

« 覇権奪回への足がかりとして。 | トップページ | あの名曲が遂にCD発売! »