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原子力空母の横須賀基地配備について思うこと

野球以外のだいぶ堅苦しい話をしますので、先に謝っておきます。どうもすいません。では本題に入ります。

今年8月に米軍横須賀基地に配備される予定の原子力空母「ジョージ・ワシントン」で22日火災が発生したとのこと。

横須賀の地元住民は、原子力空母が配備されるだけでも大いに不安を募らせているのに、その不安をさらにあおるようなこの不祥事。防衛省関係者は「原子炉に影響はなく配備に問題はない」、横須賀市長は「(今後は)事故は無いと信じている」、木村外務副大臣にいたっては昨日のNHKのニュース映像で「(配備を目前に控えて)非常にまずい時期におこった」という内容の発言をしています。

でもよく考えてみてください。

「安全性に問題がない」「原子炉に影響がない」から横須賀基地に配備されても問題無いという考え方自体、大いに問題があるのではないでしょうか?

日本は第2次大戦で広島・長崎へ2発の原子力爆弾を落とされ、両市あわせて30万とも40万人ともいわれる市民が被爆し、熱線で跡形もなく蒸発してしまった人々、真っ黒こげに炭化してしまった人々、放射能を浴び戦後60年以上たった現在でも後遺症(肉体的にも精神的にも)に苦しめられている人々がたくさんいらっしゃいます。

唯一の被爆国として、その負の遺産をこれからの世界平和の実現に反映させていく為に、1967年12月衆院予算委員会で時の首相・佐藤栄作氏は「核兵器を持たず、作らず、持ち込ませず」という非核三原則を発表しました。翌年の所信表明演説でも繰り返し語られたこの非核三原則は、法律ではないため拘束力はありませんが核に対する日本の立場を明確にした指針として、現在まで政策や国の施策に反映されてきたことは皆さんもご存知の通りです。

そして佐藤元首相はこの非核三原則が評価されて1974年ノーベル平和賞を受賞しています。この受賞は「核兵器を持たず、作らず、持ち込ませず」という崇高な理念を掲げた日本という国が受賞したといって過言では無いでしょう。

その日本・横須賀基地への原子力空母の配備、これは明らかに「持ち込ませず」という非核三原則に反していませんか?内閣法制局や政府・関係省庁がどう解釈して「原子力空母の横須賀配備には問題ない」という見解を示したのかはよく分かりませんが、「原子炉を積んで動力として利用している空母という軍艦」は核兵器ではないのですか?核反応が直接的に人々を殺傷する武器(核弾頭等)を核兵器といい、殺傷能力を要する戦闘力の備わった艦船の動力に原子力が使われているのものは核兵器ではないとでもいうのでしょうか。空母が攻撃され爆沈ともなれば核兵器に匹敵するような被害がでるのではないでしょうか。核兵器を「核を利用している兵器」と定義付けするならば両者とも間違いなく核兵器だと思います。

きれいごとかもしれません。米ソ冷戦時代、アメリカの核の傘に守られてきたからこそ日本は経済復興ができ安全が守られ、そして核に対して「持たず、作らず、持ち込ませず」という立場をとり続けることができたことは重々承知しています。アメリカからこれまで計り知れない安全保障面での配慮・恩恵を享受しながら、通常空母がすべて退役しその全てが原子力空母となった現実をみず、「非核三原則」を建前に原子力空母の横須賀基地母港化に反対することも、非常にムシのいい身勝手な主張であることも重々承知しています。

でも、やはり日本は「持たず、作らず、持ち込ませず」という非核三原則がある以上、原子力空母の横須賀配備には反対するべきだと思うのです。それが唯一の被爆国である日本がとるべき姿勢だと思うのです。

日本は、唯一の被爆国として核の悲惨さ・その廃絶を世界に発信し続けるという責務を放棄してはいけない、世界に誇れる正当な評価を受けた「非核三原則」を自らの手で破棄してはいけない。拡大解釈や無理な法的解釈により、なし崩し的に非核三原則を形骸化させてはいけない。

戦後60年以上が経過し、ソ連の崩壊と共に米ソ冷戦にも終止符が打たれ時代は確実に変化しています。「核拡散・その抑止力による均衡」から「核不拡散・対話による紛争の防止・解決」という方向にです。そして今こそ日本は非核三原則という素晴らしい指針を世界にもう一度アピールし、核廃絶に向けてリーダーシップを発揮していくべきだと思うのです。

「原子力空母の配備はNo、ただしそれ以外の面で協力できることは協力していきます。」と、日本の核に対する立場をきちんと説明しアメリカの理解が得られるまでとことん協議すること。そしてアメリカの方針にYesとしか答えられなかった今までの外交姿勢を見直し、主張するべきところは主張し、折れるところは折れるという腹の据わった対等な外交関係、新たな日米安全保障体制を築き上げていく努力をしていくべきではないでしょうか。日米が真のパートナーとなるために…。

そして何より、なし崩し的に国内への持ち込みを容認された核兵器の恐怖に毎日さらされ、私達の子供達がおびえながら暮らすことのない社会の実現を心から願っています。

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