今年に入ってから、いつも少年野球で利用している運動公園の朝9時まで、昼11時30分から13時30分まで、夕方17時以降の利用ができなくなりました(それまでは朝8時~11時・11時~14時・14時~日没の3交替でフルに1日利用できた)。
近隣住民から「子供達の声がうるさい。休日くらい静かにさせろ」という苦情が、昨年10月頃から区役所の方に複数(多い時は1日に数十件)寄せられたことによる応急処置的対応だそうです。
3日ほど前、このあたりの事情に詳しいある方(仮にAさんとします)とたまたまお話をする機会がありました。
この運動公園は今から約35年ほど前、子供達が安心して運動ができる広場がないということで、近隣小学校のPTAや小さい子を持つ周辺住民・校庭を利用していた少年スポーツ団体が中心となって、「広い企業社宅跡地に運動公園を!」という陳情を受けた区が建設したという経緯があります。
それから30年もの間、複数の少年スポーツ団体・役所側担当部署・周辺住民たちが利用に関する話合いの機会を年に複数回持ち、その為これまでほとんどトラブルなく良好な状態で利用されてきたのです。もちろん私達の少年野球チームも、周辺住民の皆さんのご迷惑にならないようにできるだけ配慮しながら(時には公園周辺の清掃なども行いながら)30年以上公園を利用してきました。
Aさんによると、この騒音苦情は10月に入り突如寄せられるようになり、しかも急増したそうです。
そしていろいろ調べるうちに、この苦情を申し立てている人はどうやら一人、最近運動公園の前にできた新築マンションに引っ越してきた男の人ということまで特定されているようです。つまりこの人が一日に数回(多い時は数十回も)、区に匿名の苦情電話をかけているようなのです。
区側も今まで良好な運動公園の運営と利用が続いていただけに、苦情を申し立てている人と、公園建設から今に至る経緯を説明し理解を求め妥協点を見出す為の話合いの場を持とうとしているようです。もちろんこの話合いは、苦情申し立て者・区担当部署・利用団体の3者によるもので、私達利用団体も円満に利用できる為の妥協点を模索するためいつでも話し合う準備はできているのですが、この人は電話で苦情を一方的にまくし立て「やめさせろ」の一本やりで、一切の話合いには応じないのだそうです。
ここまで話してくれたAさんは、悲しくてやりきれないような何とも複雑な表情をしてポツリと言いました。
「こういう人がたくさんいるから、世の中が殺気立ってくるのよね」
私も最初は、今までの通り利用できるようにする為の落としどころを何とか探らなければという気持ちでした。しかし、かたくなにその機会を拒み自分の主張だけをゴリ押しているという自分勝手な様子を聞いているうちに、その人にも諸事情があるにせよ「運動公園が目の前にあり、そこで休日は少年スポーツ団体が8時から利用することが利用者掲示板等で事前にわかっているのだから、それが嫌だったらそんなマンションを購入して住まなきゃいいじゃないか。後から来て文句言うな」という険悪な考えになっていることにハッと気づきました。
こういった小さな怒りや衝突が積み重なり、殺伐とし気配りや配慮・優しさの欠片もみられない社会になってしまったんでしょうね。
「自分が絶対」「自分の言っていることは全て受け入れてもらわなければ」「自分さえ良ければ」といった、自分本位の考えや権利ばかり主張し、周囲への気配りができない義務を果たさない大人が多すぎますよね。「私」が最も大事という価値観があまりにも尊重されすぎてきた弊害でしょうか…。
もちろん「私」は大事ですが、「私」だけでは生きていくことはできません。もう少し地域(社会)の一員という自覚を持ち、自分とは違う価値観も受け入れながら、皆がある程度納得する形で共存していく方向性を協力して見出していくという、「公」という視点を持つようにしなければ、その弊害やしわ寄せは社会的弱者である子供達に及んでしまいます。
公共工事でグラウンドが約半分しか使えない状況に加え、時間までも訳がわからない苦情で制限されてしまったら…。子供達がいつでも思いっきり運動できるという貴重な環境は絶対に守っていかなければなりません。そのためにも当事者同士が、主義主張を戦わせるのではなく、双方の意見・立場を理解して歩み寄るという姿勢が大事なのだと思います。
2009年は、これから社会を担っていく子供達のためにも、我々大人一人一人が「公」の精神を今一度見直しし、実践していかなければならないと思います。もう少し優しく配慮のある社会に戻すために…(遅きに失した感もありますが…)。
最近のコメント