心に響いた言葉 12
「夢は見るものではなく叶えるものだ。夢を叶える方法、それは自分を信じて叶うまでやり続けること。」
…実行するのはなかなか難しいですが、心にとどめておきたい言葉ですね。
高橋尚成投手、夢のメジャー挑戦頑張ってください。
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「夢は見るものではなく叶えるものだ。夢を叶える方法、それは自分を信じて叶うまでやり続けること。」
…実行するのはなかなか難しいですが、心にとどめておきたい言葉ですね。
高橋尚成投手、夢のメジャー挑戦頑張ってください。
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「1番になりたかったですね。僕はNo1になりたい。この競争世界に生きる者にとって、オンリー1になりたいとか甘いことを言っているヤツが大嫌いなんで…」
で、そうなるために
「今自分にできること。頑張ればできそうなこと。そういうことを積み重ねていかないと遠くの目標は近づいてこない。」
「夢や目標を達成するには1つしか方法がない。小さなことを積み重ねること。」
「夢をつかむということは一気にはできません。小さなことを積み重ねるということでいつの日か信じられないような力が出せるようになっていきます。」
「小さいことを積み重ねることが、とんでもないところに行くただ一つの道。」
そう語ったイチローが、間もなくこれまでの8年連続200本安打というメジャー記録を塗り替えることでしょう。
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こういう気構えが今のマメたちに少しでもあれば…と思う、今日この頃です。
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9月9日補足とお詫び
この記事冒頭の「1番になりたかったですね…」のイチローの言葉は、張本さんの日本最多安打記録を更新できなかった時の試合後に発したものだそうです。ただし「オンリーワンになりたいとか~」の言葉の前に「この競争世界に生きるものにとって…」という言葉があったというご指摘をいただきました。
ここに謹んでお詫び申し上げ、記事を訂正させていただきます。
申し訳ありませんでした。
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イチローが日本新記録となる3086本目のヒットをライト前に放ちました。
新記録を達成した試合後のインタビューでのイチローの一言。
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「今まで通り、次の1本を目標にしていきたいと思います。」
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・・・重みのある素敵な一言だと思います。
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車で移動中、ラジオで聞いた一言です。
「子供おこるな、来た道だ。年寄り笑うな、行く道だ。」
ユーモラスな表現でつつまれていますが、社会的弱者(子供・年寄り)に優しくないギスギスした現代社会において、ぜひ心にとどめておきたい言葉のような気がしました。
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漢検…ひっどいですね~。
書籍販売料や検定料やらをガッポリ徴収しておいて、業務委託と称して66億円ものお金を理事長・副理事長の経営する会社に支払っていたということですよね。財団法人でありながらトップの私腹を肥やすための手段として漢字検定試験が行われていたわけですから、もうあきれてモノもいえません。漢字の勉強なんて自分でいくらでもできるわけですから、これを機にしばらく漢検ボイコットでもして悪代官共を懲らしめてやらなければいけませんね。(それにしてもこの構図、中央省庁と所管の独立行政法人、その独立行政法人から業務を受注している役人の天下り先企業との関係に良く似てますよね。不景気に関係なく金を儲けるには、こういう図式が最も効率的ということなのでしょう。)
汚染米の転売事件、かんぽの宿1万円での売却、そして今回…、こういう類のニュースが報道されるたびに、最近のいい大人の公私混同・権利ばかり主張し義務を果たさないという姿勢・社会性の欠如・社会的モラルの低下を痛感しますね。大人がこんな有様では、子供にいい影響があるとはとてもとても…。
「子は親を映す鏡」といいますがその子をみれば親の資質がわかるといいます。生まれてきたばかりの赤ちゃんは泣くことしかできません。いろいろな所作ができるようになるのは、親を見て、親から教わり、親からしつけられるからです。
そして親から少しずつ手が離れ小学校や中学校という新たな場で社会生活を始めた子供たちは、教師や近所の住民らといった周りの大人達から、所作とともに「公」と「私」という概念を学び、社会の一員としての素養や振る舞いを身につけるのです。
子供は必ず大人を見て育ちます。子供の間に生じてきている問題の原因は必ず大人側にあるのです。己の社会性の欠如やモラルの低下を棚に上げて、「いまどきの子供は…」と一方的な批判をするのはお門違いもはなはだしいです。「いまどきの子供」を作ったのは、だらしなくなってしまった我々大人の責任であるということを、もう一度自覚しなければなりません(自戒の念をこめて…)。
昨日発表されたサラリーマン川柳100選の中に次のような句がありました。
子どもより 大人に足りぬ 羞恥心
「えらい大人」になんかならなくていいです。この句を笑いの対象としてでなく、肝に銘じて、己を律し他人を律し子供を律っすることができるような「立派な大人」になれるよう、日々努力していこうと思います。
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「慣れる」…同じような経験を重ねて、上手にできるようになること。
「馴れる」…同じような経験を重ねることで、それが当然、当たり前と思うようになること。
つまり「慣れて馴れるな」は、「経験を積んで上手になることは大変結構なことだけれど、そうなることが当たり前だと思うようになってはいけない」という意味です。
私が大学を卒業し就職する時に、親戚の伯父が話してくれた言葉です。
塾高野球部はここ4年間で4回目の甲子園出場を決めました。甲子園球場に慣れ普段通りの実力を十分に発揮してもらいたいですが、出場できたことは裏方に回っている仲間、監督や大学生コーチの皆さん、学校関係者の皆さん、そして保護者の皆さんの尽力の賜物であり、当たり前ではないということを忘れずに謙虚な気持ちをもって戦って欲しいと思います。
もちろん私達も、アルプス席での応援に「慣れる」のはOKですが、甲子園出場に「馴れる」ことなく、素晴らしい体験の場を与えてくれる塾高野球部の皆さん・関係者の方々に感謝の気持ちを忘れず、謙虚な気持ちで応援しなければならないと思います。
甲子園に出場するってことは凄いことなんですよね。当たり前のことなんかじゃないとてつもない快挙なんですよね。
「慣れて馴れるな」
しっかりと肝に銘じておきます。
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久しぶりですね~。「心に響いた言葉」シリーズ。何ヶ月ぶりでしょうね…。
ということで、今回取り上げるのは鎌倉時代の随筆「方丈記」(鴨長明)の一節。
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ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず
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学生野球の魅力は、この一文に集約されているといっても過言はありませんね。
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高校野球秋季神奈川県大会と少年野球秋季大会が閉幕、東京六大学野球秋季リーグ戦は今週塾野球部の対戦カード無し。
久しぶりに穏やかな気持ちでいられそうな週末になりそうです。
さて…
「人事を尽くして天命を待つ」という言葉を耳にします。今できる限りの万策を施し、あとは天の神様に運命を委ねるといった状況でよく用いるような言い回しです。
一方、「思う念力岩をも通す」という言葉もあります。これは自らの希望実現のために強い信念を持って万策を施せば、その意にかなった結果を手にいれることができるといった意味で使われる言い回しです。「精神一到何事か成らざらん」と同意かな。
昨晩、リーグ優勝を決めた巨人軍。
世間では「メーク・レジェンド」なんていうへんてこりんな和製英語が飛び交っているようですが、昨日のG選手達へのインタビューを聞いていると、どんな状況でも優勝をあきらめたことはなかったと口を揃えてコメントしています。
つまり選手達にしてみれば、逆転優勝は奇跡でも伝説でもなく「絶対にやり遂げられること」であり、まさしく「思う念力…」という戦いだったということ。
「人事を尽くして天命を待つ」ではなく、その天命までも自らの手に手繰り寄せてしまう「念力」…。
今回ばかりはGの偉業を讃え、戦う姿勢を見習うことにします。![]()
優勝おめでとうございます。
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【慶應義塾の目的】
慶應義塾は単に一所の学塾として自から甘んずるを得ず 其目的は我日本国中に於ける気品の泉源智徳の模範たらんことを期し 之を実際にしては居家処世立国の本旨を明にして 之を口に言ふのみにあらず 躬行実践以って全社会の先導者たらんことを欲するものなり
福沢諭吉 書
普通部入学後、最初の授業(確か国語だったような…)がこの【慶應義塾の目的】を暗記・暗唱することでした。そしてこの文言を「一字一句間違えないように書け」という問題が1年生1学期の期末テストに出されたこともはっきり覚えています。
もちろん今でも暗唱できます。
すっかり洗脳されてしまったのか、今現在に到るまでこの【慶應義塾の目的】は私の行動や思考を規程する重要な拠り所となっています。なんて偉そうなことを書いていますが、「一中小自営業者で単なる野球好きの2児の父親」の行動・思考などは、社会の中では吹けばどこか飛んでいってしまうようなチリのような微々たるものであることくらいはちゃんと認識しています。
それでも誰が見ていようが見ていまいが関係なく、常に「気品の泉源」「智徳の模範」を肝に銘じ「躬行実践を以って全社会の先導者たる」努力を怠らないようにすること、そうあり続けることがとても大事なことなのだと思います。
この【慶應義塾の目的】の念頭には常に「社会」があります。「社会」すなわち「公」の中において、塾・塾生・塾員という「個」がどういう考えに基づき、いかに行動すべきかを説いているのです。
「個」をあまりにも尊重するあまり、自分本位の考え方しかしない、自分の認める価値基準以外は全否定・排斥してしまう、自己の責任をすべて他に転嫁してしまう、といういびつに歪んでしまった「個」優勢の社会状況だからこそ、「気品の泉源」「智徳の模範」に基づく行動を心がけ、社会を「個」と「公」がバランスよく共存する形へと導いていくことがとても重要なんだなと思いました。
…これはもちろん私個人の主観的な考えであるゆえ、これを押し付けたり他の考え方や価値基準を否定しようとしているわけではありませんのでご理解の上ご了承ください。
ということで長々書いてきました。
結局何が言いたいかと申しますと、お盆休み中に塾高の応援で甲子園に駆けつけることができた時には、興奮のあまり我を忘れて馬鹿騒ぎをし周りの人々にご迷惑をかけないように、「気品の泉源」「智徳の模範」たるべき行動をとり社会のお手本となるようなマナーで応援するぞ!ということなのでした(…できるかな?)。
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「速く走れない馬には、重い荷物を持たせてみろ」
今朝、現場に向かう車のラジオから聞こえてきた言葉です。
人間というもの、得手不得手は必ずあります。ある分野が全くダメな人が、違う分野では他を凌ぐ素晴らしい才能を発揮するかもしれない。
「あいつはダメだ。」と切り捨てることは簡単だけれども、「あいつはあれはダメだけど、これはできるかもしれない。」と適性を発掘しようと試み活用していこうとする姿勢は、監督的立場の者にとって一番必要で大切な資質なのかもしれません。
限られた原資から、個々の特性をいち早く見抜き、活用し、最大限の効果を生むこと。
この言葉を聴いた瞬間は思わず吹き出してしまったのですが、人間だけでなく現代の過剰な物質の消費(浪費)社会を改めるキーワードとなるような、結構奥の深い言葉であるような気がします。
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